おまきざるの自由研究

好奇心の赴くままに

生まれる前から決まった人生:覚えておきたいニホンザルの社会

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はじめに


タイトルは少々盛ってます.でも,ニホンザルのメスの人生は,生まれる前からかなりの程度予測できるのです. 

ところで,サルといえば「ボスザル」を思い浮かべる方も多いかもしれません.大分県高崎山での出来事は記憶なさってる方もいることでしょう.

www.j-cast.com

しかしながら,ボスという呼び方は,少なくとも25年ほど前からサルの研究者では使われなくなっていたようです.

こんなことについてたぶん知らない方のほうが多いと思います.

このエントリーでは,こんなのも書いたサル好きの筆者が手持ちの書籍とインターネットから得たニホンザル社会についての知見をまとめてみました.

browncapuchin.hatenablog.com

覚えておくと,動物園のサル山なんかでちょっとドヤ顔できるかもしれません(できなかったらごめんなさい・・・)

 

ニホンザルの社会についておおまかに


◆ニホンザルの研究は1948年に始まったとされています.そのきっかけは,今西進化論で有名な今西錦司,川村俊蔵(当時,京都大学理学部三回生でシカを研究),伊谷純一郎(当時京都大学理学部一回生)の3人が宮崎県都井岬で野生ウマの調査をしていたところに野生ニホンザルの群れが現れたことでした(3人とも故人です)

100頭ばかりのサルの群れがやってきて,目の前をお互いに鳴きかわしながら,尾根を渡っていったんです.もう陽が西に傾いて,海を背景にサルたちは逆行を受けて,毛を尾花色に光らせながら次から次へと渡っていく.それは何とも美しい情景でした.

思わず呆然と見とれてしまいました.今でもあの光景は目に浮かびます.そしてサルの群れには,おとなや子どもや,オスやメスや,いろんな個体がいて,それぞれにいろんな声を発し,お互いにコミュニケーションを取り合っているんですね.これはすごいと思いました.その瞬間に,よし,これをやろうと決心していたんです.これがぼくのサル学の原点というか,原風景ですね.(『サル学の現在』pp.647-648)

 

伊谷らが野生ニホンザルの群れに出会ったことが偶然か必然なのかはわかりませんが,天啓だったことは間違いないでしょう.当時,今西はウマの研究,川村はシカの研究をしていましたが,『サル学の現在』p.648にはこう書かれています.

今西さんはウマをやっていて,川村さんはシカをやっていたわけです.それで,これだけではウマシカだから,馬鹿になる.サルを入れてウマシカサルにしよう.とりあえずお前は手があいてるんだから,サルをやれなんて冗談をいい合ったりしました.

 

馬鹿(ウマシカ)ではマズイというのが世界に誇る日本の霊長類学の原風景だったのですね・・・  


その後,伊谷は宮崎県幸島の調査を皮切りに,北は青森県下北半島から南は鹿児島県屋久島まで広域調査を敢行した後,大分県高崎山での餌付け群の研究によって1954年に『高崎山のサル』を刊行しました.

 


◆しかしながら,餌付け群での調査ではどうしてもわからないことがありました.

それは,オスが群れからいなくなる現象です.この現象は,ただのオスのみならず,1位の座を射止めたいわゆる「ボスザル」と呼ばれたオスにも見られたのです.

高崎山では1951年産まれのオスが,65年に7位,67年に4位,69年にようやく1位へと上り詰めたオスが73年に群れからいなくなってしまいました.

当時,群れは閉鎖系と捉えられており,この現象は「群れ落ち」と呼ばれていました(『サル学の現在』p.665).しかしながら,群れ落ちはオスにとっては実は当たり前にみられる行動であることが,西田利貞(故人,京都大学名誉教授)によるヒトリザルの研究で明らかとなりました(http://www.hirosaki-u.ac.jp/Tlag/data/nenpo06.pdf,p.14を参照).ヒトリザルとは,群れから離れて単独で生活しているオスのことです(稀にメスもいるらしいですが).なお,西田はタンザニア・マハレ山塊での野生チンパンジー研究創始者として世界的に有名な研究者でした.


◆実は,ニホンザルのオスは,一生涯を自分が産まれた群れで過ごすほうが稀で,たいていは自分の産まれた群れ(出自群)からいなくなってしまいます.その年齢は地域によってある程度違いがあるようですが,早くて3歳ぐらいから,屋久島では平均5.3歳で群れを出て行くとのことです(『サルと歩いた屋久島』 p. 184).はじめは出自群の周辺で生活し,やがて他の群れに移入しますが,その群れからも平均3年ほどで移出し(同書, p. 184),また他の群れに移入することを繰り返すようです.

◆一方,メスは,例外はあるようですがたいていは出自群の生涯とどまります.このため,ニホンザルの社会は母系社会と呼ばれます.無論,これらの知見は群れのそれぞれの個体を一頭一頭見分ける個体識別をした上で長期間観察することでわかってきたことです.

◎ニホンザルの社会をおおまかにまとめると,オスは3歳くらいから出自群を離脱して,他の群れで暮らしたりします.メスは生涯出自群に留まり,そこで子を産み育てます.ニホンザルは母系社会なのです.

なお,ニホンザルの群れには大人のオスもメスも複数いるので,ニホンザルの社会構造は「母系の複雄複雌型」となります(『サルの百科』p.136).


メスの順位は家系単位


◆まず,優劣の効用について考えてみましょう.

空き地の土管の上でマンガを読もうとやってきたらそこにジャイアンがいたのを発見したのび太が取るべき次の行動を思い浮かべれば良いかもしれません.最善の選択はジャイアンからの干渉を避けるため,ジャイアンに見つかる前に速やかに回避行動をとることでしょうか.

一方,もしのび太がジャイアンの元に接近する行動を選択したとて,ジャイアンが取るべき行動の選択肢に回避の二文字はないでしょう.ジャイアンはのび太より優位なのですから.

このように考えれば,優位個体のほうが劣位個体との接触時に干渉を受けるリスクを考慮する必要が少なくなります.ありていに言えば生活しやすいのです.

メスの野生ニホンザルのある研究では,より高質の食物がある場所には高順位メスが占める割合が高くなり,中順位・低順位個体はより低質な食物の場所に占める割合位が高くなっていました.長くなるのでこの点についてはまたの機会にします.


◆では,メスの順位の話に移ります.

あるニホンザルの群れでメスが妊娠しました.その子の性別はメスだとします.その子の人生はある程度もう決まっている,と言われたらあなたはどう思いますか?

そんなの自分の努力でなんとでもなる,と思うかもしれません.しかし,ニホンザルの世界ではそれは難しいようです.なぜなら,ニホンザルのメス間の優劣関係は,オスのそれとは違って家系によって決まるからです.

ある架空のニホンザルの群れを例に見てみましょう.

ある群れに,6頭のメスがいたとします.6頭のメスには優劣関係が見られ,1位から6位まで順位があります.名前と順位は適当です・・・

1位 ヒナタ
2位 ヒマワリ
3位 サクラ
4位 サラダ
5位 カルイ
6位 チョウチョウ

さて,NATUTOをご存じの方はすぐおわかりと思いますが,1位-2位,3位-4位,5位-6位はそれぞれ母娘であり,1位はヒナタ家系,2位はサクラ家系,3位はカルイ家系と呼ぶことにします.2位,4位,6位の個体は1位,3位,5位の個体より年下とします.年長者のほうが年下の個体より基本戦闘力は高いと仮定します.

お気づきのことと思われますが,年上のサクラ(3位)が年下のヒマワリ(2位)より下位になっています.なぜでしょう?

実は,3位のサクラが年下のヒマワリに攻撃しようものなら1位のヒナタが飛んできてさらにこっぴどくやられてしまうのです.ヒマワリは基本戦闘力はサクラより下であっても親のヒナタの権威を傘に着ているため,下位の個体に対して優位に振舞えるのです(コドモが産まれる前に親同士の実力によって優劣の決着があったはずですが)

 

「ニホンザルのメスの順位は多くの場合生まれたときに決まり,生涯変わりません.生まれた娘は,母親のすぐ下の順位になります.そのため,上位の家系のコドモは下位の家系のコドモよりも優位に」なるのです(http://www11.atpages.jp/yakuzaru/manual1/manual3.htm).

 

例で示した架空の3家系ではヒナタ家系が1位と最優位,カルイ家系は最劣位になります.カルイ家系の2頭は,自分たちより優位な4頭の動向に注意を払いながら生活することになります.そして,この群れでカルイがメスの子を生めば,その子の順位はカルイの下の6位になります(例外もありますが,姉よりも妹のほうが優位な末子優位と呼ばれる現象がみられています).もちろん,この世に生まれてこなければ話になりませんが,ニホンザルのメスの人生は生まれる前からほぼ予測できるのです.

もちろん,何らかの理由でヒナタ家系あるいはサクラ家系が全滅すればカルイ家系の順位は上昇し,また違った人生を送ることもあるでしょう.幸島のニホンザルでは低順位メスの間での順位はあまり安定していないらしいです(http://www.fuchu.or.jp/~okiomoya/kuizukotae-sankou(saru).htm).とはいえ,低順位メスが自力で最優位を勝ち取る下克上は,ニホンザルのメスには見られないのかもしれません.

 

オスは群れを乗っ取る!


すでに述べたように,ニホンザルのオスは,出自群から移出してからは他の群れに移入したり,単独で生活するヒトリザルになったりします.

そして,家系単位に決まっているメスとは違い,ニホンザルのオスの順位は,「むしろ群れに長く滞在するほど順位がしだいに上昇するという,年功序列ともいえるような傾向さえ認められる」(『霊長類生態学』,p.326)とのことです.

しかしながら,年功序列,つまり上位の個体が群れからいなくなるのを待つばかりではなく,自力で最優位を勝ち取るオスもいます.

屋久島の野生ニホンザル(ヤクシマザル)の研究によれば,オスが群れに移入したときのオスの優劣順位には最下位,中間位,そして最上位すなわち乗っ取りの3タイプが見られています.

それぞれの観察例数は次の通りでした(『サルと歩いた屋久島』 p. 184).

最下位 14例
中間位   1例
最上位 13例

屋久島ではオスの移入時の観察事例のうち,じつに46%(13/28)が乗っ取りです.こんな事例も紹介されています.

筆者が観察していた屋久島H群のムツというオスは、1997年10月までは群れの第5位でしたが、その 後離脱し、ヒトリザルとしてすごしていました。翌1998年9月に、群れにいたときとは見違えるほど大きくなって現れ、H群を短期間乗っ取りました。ところが、10月に別のオス、ヤマセに群れをまた乗っ取られ、またヒトリザルになった後、12月に最下位でH群に加入しました。1頭のオスを一生涯追跡し、どのように群れを渡り歩くかを調べるような研究はほとんど行われていませんが、このムツのように劇的な離脱・移籍・乗っ取りを繰り返すことは、それほど珍し いことではないのかもしれません。(出典:http://www11.atpages.jp/yakuzaru/manual1/manual3.htm

 
メスとはぜんぜん違い,オスのニホンザルは自分の人生を自分で切り開く要素がとても強いのかもしれませんね.

サルと歩いた屋久島 (ネイチャー・ストーリーズ)

サルと歩いた屋久島 (ネイチャー・ストーリーズ)

 

 

ボスザル or アルファオス

 

『サル学の現在』p.82にはこう書いてあります.

ニホンザルの社会というと,普通の人がまずイメージするのは,ボスに支配された階級社会ということだろう.古典的なサルの社会構造論では,サル社会は上から下まで順位制によってつらぬかれており,その頂点に立つボスザルは,日常的に群れを導き,的に遭遇すれば先頭に立ってこれと戦い,群れの内部でいざこざが持ち上がれば,これを取り締まるなど,ほぼ 人間社会のボスに近い行動をとるものとされてきた.

 
もしかしたら,ニホンザル社会にこういうイメージを持っている方が少なからずいるかもしれません.

たしかにボスザルという言い方は,『高崎山のサル』や1981年に刊行された河合雅雄著『ニホンザルの生態』などの,今では古典と呼ばれる著書ではごく普通 に使われていました.冒頭で述べたように,今でも「ボスザル」という呼称でニホンザルのニュースが流れることがあります.

しかしながら,少なくとも25年くらい前にはボスザルという呼称はあまり使われなくなったそうです.

 おいしい食物にしても,いいメスにしても,いつでもボスが優先権を持ち,他のオスはボスの許しがないと手に入れられない.サルの群れの中心部はボスザルとそれを取り巻くメスと子どもから成っており,他のオスはこの中心部に入ることが許されず,それを取り巻くようにして周辺部にいる.この中心部と周辺部からなる<同心円二重構造>がサルの社会の基本構造とされてきた.
 一般には依然としてこういうイメージが強く残っている(同心円二重構造は高校の生物の教科書にものっている)が,サル学の世界では,最近はボスとかリーダーという言葉はあまり使われなくなった.「リーダー」とカッコをつけてみたり,いわゆるボスザルといわゆるをつけてみたり,あるいはアルファメイル(注:アルファはギリシア 数字のアルファ,ベータ,ガンマに相当,メイルは英語でオスを意味するmale)などの言葉を用いたりする.(『サル学の現在』p.82)


ボスザルという呼称を使わなくなったのは,あるサル学者による研究が大きかったようです.

伊沢紘生(宮城教育大学名誉教授)は,餌付け群で観察されるボスザルの行動,すなわち「群れの統率,移動の決定と誘導,外敵に対する警戒と防御,なわばりの 防衛,泊まり場や採食地の決定,群れ内部のもめごとの取り締まり,他のサルを威圧するための示威行動」(『サル学の現在』,p.92)が石川県白山におけ る冬季の野生ニホンザルの観察ではまったく認められなかったことから,「ボス的ふるまいが出てくるのは,餌づけによって,同じ食物を狭い場所で各個体が同時に相争うという特殊な状況がうまれたからなんです.そういう競争的状況の中に置かれると,はじめて各個体間の強弱関係が,ある意味をもつようになり,最強個体が威張り出す.」(同書,p.97)と主張しています.

詳しく知りたい方はこちらをお読みください.

ニホンザルの生態―豪雪の白山に野生を問う (自然誌選書)

ニホンザルの生態―豪雪の白山に野生を問う (自然誌選書)

 

 


ボスザルもといアルファメイル・αメイル,αオスという呼称は,どれもこれも群れの1位オスを指します.屋久島のような野生の群れでも,動物園のサル山の集団でも同じ事です.

ただし,場合によってはオス以外にもアルファの呼称を用いるケースがあるようです.東京・上野動物公園のニホンザルのサル山では,1950〜2010年の間に13頭の「α個体」が観察され,うち6頭はメスだったそうです(出典:https://www.jstage.jst.go.jp/article/psj/30/1/30_30.004/_pdf).この論文は和文で全文アクセスできますので,興味ある方はお読みください.

【追記】なお,野生群であっても,「同じ食物を狭い場所で各個体が同時に相争うという特殊な状況」が顕在すれば,餌付け群と同様のいわゆる「ボス」的行動がαオスに見られる可能性があります.「野生ニホンザルにはボスザルなんかいない」ということが一人歩きしがちなのですが,重要なのはそのことではなく,ニホンザルの行動は環境によって変わりうるということなのだと思います.

 

おわりに


このエントリーでは,ニホンザルの社会についての知見を紹介してみました.

世界には200種を超えるヒト以外の霊長類がいます.

日本は,いわゆる先進国でヒト以外の野生の霊長類が生息している唯一の国です.そして,ニホンザルは,ヒト以外の野生の霊長類の北限の分布域であることもよく知られています.

ニホンザルについての知見も,研究が進めばまた塗り替えられるかもしれません.一介のサル好きにとっては,一般人が全文アクセスできない英文論文だけではなく,手軽に読める形で研究成果を読ませていただければ,と思います.ニホンザルおよびその他多くのサルの研究がますます発展しますように.

長文にもかかわらず,お読みくださりありがとうございました!

ではまた.

 

 

霊長類生態学―環境と行動のダイナミズム

霊長類生態学―環境と行動のダイナミズム

 

 

 

筆者が所有している『サル学の現在』は文庫版ではなく,こちらです.

サル学の現在

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文庫版は上下巻になっています.

サル学の現在 (上) (文春文庫)

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サル学の現在 (下) (文春文庫)

サル学の現在 (下) (文春文庫)