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その日,悪魔は"生きろ!"といった・・・『エリア88』【漫画書評】

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エリア88

中東のとある国で政権争いを発端に内乱が勃発.政府軍対反政府軍の戦闘は日々激烈さを増していき,混迷を極めつつある・・・     

などと書いたら,2013年から始まった中東のシリアにおける政府軍(アサド政権)対反政府軍による内戦のことと思う方がいるかもしれません(シリアの内戦は「アラブの春」が発端なので,政権争いとは違いますが)

冒頭に書いたのは連載終了してからすでに30年ほど経過している漫画『エリア88』の背景です.

若かりし頃,気付いてからは連載を欠かさず立ち読み,コミック全23巻も揃えたのですが・・・大学卒業後兄に強奪されたようで実家には残っていませんでした(ジョジョのスターダストクルセイダーズ編も同じ運命).

今年の3月,自分へのご褒美(というほどのことではありませんが)にまとめ買いして一気に読み返しました.

作者

『エリア88』 の作者は新谷かおる.

かつて松本零士のアシスタントを努めた経験からか,メカニックの描写には定評があり,それが『エリア88』の売りの1つでもあります.妻は同じく漫画家の佐伯かよの.さすが夫婦,作風が非常に似通っています.

 『エリア88』の最終話の最後のページには,映画のエンドロールのごとく1979〜1986年の連載期間中のアシスタントの名前が掲載されています.『機動警察パトレイバー』の作者,ゆうきまさみの名前がありました.

物語

主人公・風間真は日本の大和航空社員.同僚であり親友でもあった神崎悟の策略により中東・アスラン国の外人部隊に送り込まれたシンは,アスラン正規軍の空軍基地・エリア88に配属されてしまいます.

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(出典:『エリア88』)



エリア88は傭兵部隊.ベトナム戦争で名を馳せた元米軍・元ベトナム軍エースパイロットなど一騎当千の「腕っこき」どもの巣窟.彼らは反政府軍の戦闘機を撃墜してカネを稼ぎ,150万ドルの違約金を払うか3年の任期をまっとうして除隊する日を目指し,生き抜こうとします.タイトルに用いた「その日,悪魔は"生きろ!"といった・・・」は第3話で主人公が撃墜されてもなお砂漠を歩いて基地にたどり着いた際のモノローグからの引用です.

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(出典:『エリア88』)



物語は戦闘機同士のドッグファイト(機銃や短距離空対空ミサイルでの戦闘では相手戦闘機の後部をとらえることが絶対的有利になり,相手の後部を狙い合うさまが犬同士の尻尾のとりあいに似てることに由来)が主な見せ場ですが,それだけにとどまる漫画ではありません.

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(出典:『エリア88』)

 

ドローン

傭兵部隊エリア88に対抗するため反政府側も傭兵部隊を投入するのですが,反政府側の傭兵はマフィアの傘下にあります.マフィアは軍需産業をも手中に収めるコングロマリットとなり,アスランの内戦に最新兵器を投入します.例えばカメラを仕込んで砂漠空母からリモコン操縦するF/A18ホーネット.そう,これはまさにドローン(無人航空機)です.

ドローンは一滴の血を流すことなく傭兵たちを殺します.その姿はイラク戦争,タリバン,アルカイダ,ISISへの空爆などを彷彿とさせますイラク戦争では有人機との戦闘もあったという

【追記】2013年9月には無人標的機QF16の試験飛行(F16戦闘機を改造した無人標的機、試験飛行成功 米空軍 写真2枚 国際ニュース:AFPBB News),さらには完全自律型無人F16のテストまでもが遂行されています(F-16を無人機化し、最新鋭F-35とペアにする「ロイヤル・ウイングマン」計画 | BUSINESS INSIDER JAPAN).

つまり,漫画が未来の現実を先取りしていたのです.この未来予想図は他にもいくつか登場します.

原油

マフィアは反政府軍を牛耳り,政府軍でもっとも手強いエリア88をも壊滅しました.国王は真が操縦する機でフランスへ避難し,反政府軍がアスランを手中におさめます.さらには隣国から戦争を仕掛けられたことを口実に侵略(無論,仕掛けたのはマフィア),さらには地中海で石油タンカーを沈め(海上封鎖),スエズ運河までをも支配しようと目論みます.

スエズ運河は言うまでもなく海運の要衝.原油を自前で生産できない国にとって,中東からの原油が輸入できなくなることは安全保障上あってはならない事態です.

原油について,現代はなおさら混迷の度合いを深めていますが,『エリア88』ではこんなセリフが登場します.

「地中海のタンカー爆破を含むヨーロッパへの海上封鎖・・・スエズをとれば,もうヨーロッパはほとんどいいなりよ」

「しかし・・・それじゃEC諸国も(注:連載当時,EUはまだありませんでした)アメリカも黙っちゃいないぜ」

「甘いよ・・・だから先に石油をおさえたのさ」

「地中海からのアラビア産石油をおさえられたら,ヨーロッパの石油はアメリカに頼るしかないじゃないの.アメリカとしちゃこのもうけ口を見逃さないよ.この中東でどんなにゴタがおきても,アメリカは軍をださないよ」(「戦雲は東風とともに」より)

 

レバノン戦争の際にはアメリカ軍が多国籍軍の一員としてレバノンに派遣されてはいます(1982年)が,これは原油利権がらみではないようですレバノン内戦 -Wikipedia

アメリカ軍がミドルイーストに本格参戦したのは湾岸戦争です.1990年,イラク軍によるクウェート侵攻・併合に対し,ブッシュ大統領が米国軍を派遣.これを端緒に諸国も軍を派遣し多国籍軍がイラクに対して空爆をおこなったことを報じたニュースはまだ鮮明に覚えています.

本当かどうかは私には知るよしもありませんが,イラクが原油輸出の決済通貨をドルからユーロに変えようとしたことがイラクに対するアメリカ軍の攻撃=当時のイラク・フセイン政権打倒,を引き起こしたという見方があります決済通貨ドルへの兆戦(ユーロ、ルーブル) - 金貸しは、国家を相手に金を貸す.つまり,自国に不利な「ゴタ」が起きようとしたからアメリカは軍をだしたわけです.

その後の原油をめぐる動きはOPEC対アメリカシェールオイル陣営,さらにはイランvsサウジアラビアという様相を呈していますが,ここでは割愛します.

ゲリラ,アラブの春

シンがかつて所属していたエリア88の生き残りはゲリラ部隊(!)となって反政府軍もとい政府軍に反抗します.目的も思想もまったく異なるとはいえ,タリバン,アルカイダ,ISILなどのゲリラがここまで台頭する世の中になるとは連載当時,想像だにしていませんでした.

アスラン王国は,紆余曲折を経て息を吹き返した旧エリア88部隊の活躍もあり,首都を陥落させて政権を奪還.元の国王が首相となりました.王制から共和制になったことは最終話のたった1コマにセリフで登場するだけですが,これは「アラブの春」,特に内戦の後にカダフィ政権を葬ったリビアを想起せずにはいられません.

終わりに

新谷かおるの代表作『エリア88』.シンの恋人(元大和航空社長令嬢)があっという間に有名ファッションブランドにのしあがったり,風間真が一夜にして億万長者になったりと,ストーリーの展開には少々無理があります.

しかしながら,この「戦争アクション活劇」を今読めば,現代の兵器,中東情勢,そして原油をとりまく世界情勢を予言したかのような錯覚を憶えるかもしれません.

画風は時の流れを感じさせるものではありますが,その先見の明には一目置いてよい作品だと思います.
 

まとめ買いするとけっこうなお値段になります・・・

しかしながら,格安セールになる気配もありません.漫画喫茶などで手に取ってみるのがよいかもしれません.