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NHK朝ドラ「あさが来た」五代友厚は子供10人の超肉食系:主要登場人物トリビアまとめ

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はじめに

NHK朝のテレビ小説「あさが来た」を楽しみに視聴してきた方も多いと思います.ヒロイン白岡あさのモデルは広岡浅子氏と知っている人もそうでない人もいることでしょう.番組は残すところあと3回で終了(2016年3月30日現在)となりましたので,ドラマの主要登場人物10名のモデルになった方達についてトリビアをまとめてみました(以下,敬称略とします).

 

ヒロイン 白岡あさ→三井浅子広岡浅子
あさの姉 眉山(山王寺屋)はつ→三井春大眉(天王寺屋)春
あさの弟 今井忠嗣(久太郎)→三井高景
あさの父 今井忠興→三井高益

あさの夫 白岡新次郎→広岡信五郎
あさの娘 白岡千代→広岡亀子

千代の夫 東柳啓介→広岡(一柳)恵三
千代の友 田村宜→井上秀

瀬戸康史(仮面ライダーキバ)成沢泉→成瀬仁蔵
ディーン・フジオカ 五代友厚→五代友厚

 

広岡浅子

広岡浅子氏は三井家出身です.

三井家は,江戸時代初期の慶長年間に松坂にて質屋兼酒屋の「越後屋」を開いたのがルーツ.

浅子は,当主の三井高俊の四男である三井高利の十男・三井高春「三井出水家」の六代当主・三井高益の次女として生まれました.


番組での八面六臂の活躍ぶりはその通りのようです.まずは嫁ぎ先の加島屋(加野屋)の危機,すなわち明治新政府発足後,大阪で行われた銀目廃止のとき.

 大阪経済を動かしていた銀目が廃止されたために,大阪は大混乱となりました.銀目で手形で商取引をしていた承認たちが一斉に,新貨幣への両替を求めて両替商の元へ押しかけてきました.(中略)
 これまでの安定した商売にあぐらをかいていて,こうした事態に対処する能力に欠けた夫に代わって,立ち上がったのが浅子でした.
 貸し金のある大阪の諸藩の蔵屋敷に出向き,物事の理非や武士道まで持ち出して,少しでもと返済を迫る一方で,独学で経理を勉強し,お金集めや借金の言い訳に駆けずり回るようになりました.(『維新経済のヒロイン 広岡浅子の「九転十起」』より引用)

 

ただし,炭鉱事業は娘の亀子(千代)を出産してから手がけていました.亀子が生まれたのは1876年です.一方,炭鉱事業は1884年に石炭販売に着手した後に九州の潤野(うるの)炭鉱を買収,再開発や落盤事故を乗り越え,13年たった1897年から石炭算出がようやく軌道に乗りました.

また,女子大学校設立も番組では大きな柱の一つ.ドラマを見ている限りでは炭鉱事業が一区切りついた後のお話のように思っていましたが,そうではありません.

女子教育の重要性を熱く説く成沢先生こと成瀬仁蔵が1894年1月にアメリカから帰国し,大阪の梅花女学校校長に就いたのが同年3月(明治27年).この年に成瀬浅子の元を訪ねました.浅子を初め,数多くの賛同者から出資と援助を受けて1901年4月に日本女子大学が設立.成瀬は初代校長に就任しました.

この間に経った時間は約7年ですが,この前後は広岡浅子にまつわる事業が大きな変革があった時期です.

まず,ドラマの加野屋のモデルである加島屋が銀行となったのは1888年.ディーン・フジオカ演じる五代友厚の死後3年のことでした.

加野屋の生命保険事業(加野生命)が他の生命保険会社と合併して淀川生命が発足するシーンは,当時の加島屋による朝日生命と当時の護国生命・北海生命が合併して大同生命が誕生したことがモデルです.これは1902年の出来事でした.

さらに,あさの夫・新次郎こと広岡信五郎が尼崎紡績(現・ユニチカ)の初代社長に就任していますが,これは1903年でした.

広岡信五郎は1904年に死去しています.なお,信五郎は日本綿花(現・双日)の創立発起人でもあります.

ドラマと食い違っていてわかりにくいですが,史実の時間軸は以下の通りです.

1876年 亀子(千代)誕生
1884年 石炭事業に着手
1885年 五代友厚死去
1888年 加島銀行設立
1894年 女子大学校設立始動
1901年 日本女子大学設立
1902年 大同生命設立
1903年 尼崎紡績設立
1904年 広岡信五郎死去(享年63歳)

この記事の執筆時点では,新次郎さんはまだ亡くなっていません.どんなラストシーンが描かれるのでしょうか?

【追記】2016年4月1日 ついに新次郎さんが亡くなられました.TVを見てて涙が止まりませんでした・・・なお,新次郎さんのモデル広岡信五郎に関する史料はひどく少ないらしく,死因は不明とのことです.

なお,村岡浅子は1919年に71歳で死去しています.亡くなる前年まで夏季勉強会を開催するなど,最後まで女子教育に力を注ぎ続けました.夏季勉強会には市川房枝や村岡花子も参加していたとのことです.

あさの兄弟

番組には姉のはつ(三井春)と1歳違いの弟という設定の今井忠嗣(三井高景)が登場しました.

長女の三井春は,番組中で嫁ぎ先の山王寺屋(眉山)惣兵衛(天王寺屋五兵衛)を看取っていましたが,史実とは異なります.天王寺屋は銀目廃止などで経営破綻により廃業し,は失意の中27歳の若さで亡くなっています.

三井高景は後に三井鉱山社長に就任しています.

なお,浅子には義兄の三井高喜がいるのですが番組には登場しませんでした.なお,三井高景高喜の息子(!)ですが,年が1歳しか違わなかったので兄弟同然に育てられたとのことです.このあたりはちょっと複雑なのでドラマのような設定にしたのでしょうね.

あさの子・亀子

ドラマでは何かにつけ母あさに反発していた娘の千代は亀子という名前でした.千代の結婚相手となった啓介さんこと広岡恵三は1909年に加島銀行頭取および大同生命第二代社長となりました.

千代の無二の親友のぶちゃんこと田村宜のモデルは井上秀.1875年生まれで日本女子大学の一期生ですが,そのときはすでに26歳.結婚して子どももいました.1910年に同大教授,1931年(昭和6年),同大初の女性校長(第4代校長)となりました.なお,日本女子大学によるとでは第5代は校長・学長,第6代から学長とされています(https://www.jwu.ac.jp/unv/about/spirit/president.html).

なお,浅子と信五郎には養女(寿天子:すてこ)がいて,この子と三井高景が結婚したとのことです.

 

五代友厚

ディーン・フジオカが演じた五代様こと五代友厚は大阪株式取引所(現・大阪取引所)および大阪商法会議所(現・大阪商工会議所)の設立の尽力し,大阪商法会議所の初代会頭に就任しました.その他,大阪商業講習所(現・大阪市立大学)の設立や大阪商船(現・商船三井)や大阪堺鉄道(現・南海鉄道)などの開業・設立にかかわるなどお,その功績は豆知識にまとめることはできないほどです.

ところで,五代の子供は10人もいるとのこと.びっくりぽんです.

五代は生涯に、生後すぐ死んだ子も含めて10人の子供を儲けている。最初の子供(女子)は、幕末の薩摩藩士時代の赴任先・長崎で知り合った女性とのあいだに生まれた。ただしこの子は五代家の籍には入っていない。

のち明治初めに菅野豊子(外交官・森山茂の実妹とも養妹ともいわれる)という女性と結婚したが、彼女とのあいだに子供はできなかった。戸籍上の三人の娘も、べつの女性が生んだのを引き取った子たちだ。経済史学者・宮本又次の『五代友厚伝』(有斐閣)によれば、五代はそうとうな遊び人であったらしく、官界から離れたのも派手な遊蕩が一因だったともいわれている。

結婚したときにもべつの女性とつきあっており、長女と次女はその女性とのあいだに生まれた。長女誕生のときにはさすがに正妻・豊子と五代の関係は険悪になったらしいが、それでも次女入籍のときには悶着はなかったというから、豊子はかなり人間のできた女性だったのだろう。

 (出典:http://www.excite.co.jp/News/reviewmov/20160122/E1453423968555.html?_p=2

 

現代社会の不倫はゲス呼ばわりされるようになりました.当時は珍しいことではなかったみたいですが,それでも出世には響くようですね.

番組でも五代の死去のシーンが登場しました.実際,49歳の若さで死去しています.死因は糖尿病です.

おわりに

以上,NHK朝のテレビ小説「あさが来た」主要登場人物の豆知識まとめでした.

五代友厚の銅像は大阪に4つ5つあるらしいですし,大同生命は「あさが来た」の影響で問い合わせが増えてるとか,他にも色々あるのですが,きりがないのでここまでにしておきます.

広岡浅子についての書籍は,この記事でも引用したこの本がおすすめです(大きなフォントを使ってるので老眼にも優しい).NHKドラマの時代考証をいくつも手がけた著者は造詣が深いです.
 

 
なお,登場人物については,以下のHPを参考にしました.

 

www.nhk.or.jp

 

kajimaya-asako.daido-life.co.jp

 

www.daido-life.co.jp

ではまた!