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なぜ小池知事は私立高に給付型奨学金を投入せざるを得なかったのか?

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https://www.youtube.com/watch?v=JB8ySUARwY4

はじめに:なぜ都立高に税金を投入しないのか?

www.nikkei.com

先日,400超のはてなブックマーク(以下ブクマ)がついた2017年1月16日の記事.短いので全文引用する.  

東京都の小池百合子知事は16日、都内外の私立高校に通う都内在住の生徒の授業料について、世帯年収760万円未満の家庭を対象に実質的に無償化する方針を明らかにした。国の制度に加え、都独自の特別奨学金を拡充し、都内の私立高校の平均授業料に相当する年44万2千円を支給する。

 小池知事は「一人ひとりが能力に応じて学校を選択できるよう、保護者の経済的負担を軽減する」と説明した。

 都によると、対象となる生徒は約5万1千人で、都内在住で私立高に通う生徒の約3割にあたる。特別奨学金の拡充分の予算約75億円を2017年度当初予算案に盛り込む。


ちなみに「国の制度に加え、都独自の特別奨学金を拡充」に該当するのは,公益財団法人東京都私学財団を通じた私立高等学校等就学支援金事業への上乗せしかない.

この記事への反応は賛否いろいろあったが,私が抱いた素朴な疑問はこうだった.

「都税なんだから私学に使う前に都立高に使えばいいんじゃないの?」

都税を東京都在住の高校生に投入するなら,私学に通う生徒への奨学金以外にも
①都立高の生徒数を増やし,より少ない学費で高校に通える生徒を増やす,もしくは
②都立高と中等教育学校後期課程のための高等学校等就学支援金制度を拡充する,
というオプションだってあるはずだ.

気になったのでいろいろ調べた結果,都知事の選択を「都立高校定員の拡充も就学支援金制度にも口出しできないけれど,私学なら都の高校教育にカネを出せる」ものと受け止めた.

なぜ都立高校にカネを出せないのか?それは都教育委員会による都立高校改革推進計画に口出しできないからだろう.

では私学にならカネを出してもかまわないのか?どうやらそのようだ.理由については最後に述べるが,すでに気付いた方がいるかもしれない.

なお,「都知事は全日制都立高定員等についてそもそも眼中にない」可能性もなくはないが,都立定時制高校の定員について小池知事「知事の部屋」/記者会見(平成29年1月13日)|東京都で触れているので,その懸念は考慮せずとも良いと考えた.

では,最初に都立高校生徒数と都立高校数の推移からみてみよう.

都立高生徒数と都立高校数の減少は石原都政のせいなのか?

下の図には3つの数値を2つのX軸で示してある.

まず向かって右側のX軸は都立高校数を示し,ブルーの折れ線がその推移である.

一方,左側のX軸は生徒数を示し,
ライトグリーンの折れ線が都公立中学生徒数
オレンジが都立高校生徒数の推移である.

いずれも平成元年〜平成28年のデータを用いた.

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資料出典:最新結果一覧 政府統計の総合窓口 GL08020101


ざっくり説明する.
①3つの数値はいずれも平成元年から減少している.
②だが都立高生徒数と都公立中生徒数は下げ止まりと緩やかな増加が見られた.
③一方,都立高校数には下げ止まりは見られておらず,ときおり増加しているものの期間を通じて減少の一途をたどっている.しかも平成12年以降急速に減少している

もう少し細かくみてみよう.


●都立高生徒数は平成元年に22万4,510人だったのが平成20年に11万6,084人へと減少した後,平成28年に12万5,230人まで増えた.
→平成20年までの減少は一見すると中学生徒数の減少に原因があるように見受けられる.

●中学生徒数は平成元年の38万447人から急速に減少しているものの平成17年の21万6,664人で下げ止まった.これは平成9年から連続している東京都への転入超過(http://www.toukei.metro.tokyo.jp/jidou/2015/ji-point.pdf)の影響と考えてさしつかえないだろう(2017年2月1日読売新聞朝刊1面も参照).

●だが平成18年以後の中学生徒数増加ほどには高校生徒数は変化していない.都公立中学生徒数の増減が都立高生徒数とリンクしているわけではないのだ.

では都立高生徒数に大きく影響している要因は何なのだろう?
それは都立高校の数に他ならない.

●都立高校の数は平成12年から急降下している.そして,都立高校数の急減は石原都政期間に起きていたのだ.

しかし,これは石原都知事のリーダーシップでもなんでもなかったようだ.

都立高校改革推進計画

都の教育行政は東京都教育委員会が担っており(東京都教育委員会ホームページ),都立高校については青島都政下だった平成9年9月の「都立高校改革推進計画」がベースになっている.


これまでの都立高校改革の取組:東京都教育委員会」の「都立高校改革推進計画の概要:東京都教育委員会」(以下,平成9年計画)には「全日制課程の規模を配置の適正化」という項目がある.そこには平成9年度の学校数は208校,平成23年度の学校数が178校程度に削減とあった.実際,平成23年の都立高校数は178校になっている.

Wikipediaにはこう書かれていた.

都立高校の再編も急速に進み石原都知事の「下から順番に潰していく」という方針の下に既存の都立高校統廃合計画がさらに加速され各地区の中堅校~底辺校の多くが統廃合された。(都立高等学校 - Wikipedia

いかにも石原都知事(平成11年4月23日就任)らしい政策に見えるが,178校への削減は平成9年計画にすなわち石原氏の前任・青島都知事時代からとっくに既定路線になっていたことがわかる.

図を作ったとき,平成13年から都立高校数の減少が顕著になったことに気付いた.それがちょうど石原都政がスタートした頃と合致したのを見て「やはり石原都政のせいじゃないか!」と短絡的に思ってしまったが何のことはない.教育委員会が策定した事業計画が粛々と遂行されただけのことだったのだ.

 

この点について知りたかったので,都議会議事録HPにて「都立高校改革推進計画」で検索した.その結果,石原都知事がこの計画を口にしたのはわずか1回だけだった→1999.09.14 : 平成11年_第3回定例会(第12号) を参照

その後の議事録によれば,この計画について質問を受けたのは(見落としがあるかもしれないが)都合20回.そして計画に直接答弁した回数はなんとゼロ.石原氏の発言はすべてこう締めくくられている.「その他の質問については,教育長及び関係局長から答弁いたします」.続いて説明したのはすべて当時の教育長だった.

教育関連のテーマについては文教委員会で扱われる.しかし,「都立高校改革推進計画」がヒットした文教委員会への石原都知事の出席は無かった.まるで「よきにはからえ」状態としか思えない(猪瀬・桝添両都知事もほぼ同じだった)


本論からずれた話だが書いておく.Wikipediaによれば,東京都都立高校の学区撤廃は石原による都立高校学校改革の一環とされている(都立高等学校 - Wikipedia).だが,平成9年計画ではまだ学区制が残っているものの,平成11年10月の「都立高校改革推進計画・第二次実施計画~多様で柔軟な高校教育の展開のために~」(http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/toukei/2keikaku/kaikaku2.pdf)には「平成12年度入学選抜から,隣接学区の指定を外し,すべて他学区とし,都内全域から受検できるようになりました」とある.さらに,学区制撤廃の実行は平成13年7月の東京都立高等学校学区制度検討委員会による「これからの都立高等学校にふさわしい学区制度の改善について(答申)」を受けてのことと思われる.議事録を見た限り,石原都知事が議会でリーダーシップを取ったようには見られないのだ.

教育委員会による既定路線に小池都知事は抗えるのか?

教育委員会には首長からの政治的中立性・首長からの独立性があることになっている(教育委員会制度について:文部科学省).都教育長と5名の委員は「東京都知事が東京都議会の同意を得て任命」(教育委員会の制度・委員・しごと:東京都教育委員会)する.

任命権者は都知事であるが,やっかいなのは都議会の同意だ.平成11年都知事選で166万票(これは2位・3位の鳩山邦夫・舛添要一各氏のほぼ2倍という圧倒的な得票)にて当選した石原氏をもってしても,平成11年5月本議会臨時会における青山やすし氏の副知事任命に議会同意を得られていない東京都議会 会議録の検索と閲覧の「かんたん検索」にて検索窓に副知事,年を1999年,会議を本議会<臨時会>に指定すると1999年5月10日の平成11年第1回臨時会がヒットする).これは,与党対策が不十分な首長が教育長・委員を意のままに任命することができないことを示唆する.

平成29年2月現在,東京都の教育長と理事5名のうち,直近に任期を終えるのは大杉覚氏の今月27日.あとは平成30年〜31年まで任期が残っている(教育委員会の制度・委員・しごと:東京都教育委員会).

議会与党を掌握していない小池都知事が独自にこれら人員を任命しようとしても現時点で議会同意が得られる可能性は非常に低い.まずは大杉氏の後任人事が注目される.

話を戻そう.

既存計画に都知事は口を挟めないのか?

 「都立高校改革推進計画」の「新実施計画」はすでに平成28年2月に公表されており,その計画期間は平成30年度まで(http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/press/2016/pr160212a/shiryou1.pdf).平成9年計画に対する石原都知事の答弁から推測する限り,この計画に歴代都知事の意向が入る隙はまずないだろう.

一方,小池都知事は,東京都教育施策大綱 〜東京の輝く未来を創造する教育の実現に向けて〜, を発表し,その中に「都独自の給付型奨学金制度を創設」を盛り込んだ(p.10).

だがこの大綱には「教育委員会と議論を重ね,策定したもの(表紙の次々ページ)」とあるけれど部局名がどこにも記載されておらず,書かれているのは都知事の名前だけなのだ.つまりこれは都教育委員会公式文書ではないと思われる.教育委員会にとっては都知事が大綱を発表したところで別段どうということはないのだろう.

つまり,教育委員会の既存事業について小池都知事は一切口を出せないだろうことが推測される.人事で抗う術行使する権力を持っていないのだ.

平成29年度予算も同じだった

同様のことは平成29年度予算でも見てとれる.

財務局による2017年1月25日報道発表資料(別紙 平成29年度主要事業|東京都)の教育庁の項には高等学校整備予算に142億9,800万円が計上されている(http://www.metro.tokyo.jp/tosei/hodohappyo/press/2017/01/25/documents/09_01_13.pdf, p.15参照).注目すべきは同資料p.1に「給付型奨学金」についての記載があることだ.報道等で聞いたことがなかったのでスクリーンショットを貼っておく.

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だがこれは都知事が発表した都独自の給付型奨学金制度とはまったくの別物である.

そして,平成29年度の主要な施策(http://www.metro.tokyo.jp/tosei/hodohappyo/press/2017/01/25/documents/09_06.pdf)に書かれている「未来を担う人材の育成」には
・都立高等学校等における給付型奨学金の創設(学習活動経費を支援 34,450人)
・私立高等学校等特別奨学金補助の拡充(規模 44,680人→51,600人)
と明記されている.

しかし,これらについて上記教育庁資料には記載されてない.

◆繰り返すが,これらの資料を読む限り,都知事発表による都独自の給付型奨学金制度は都教育委員会所管事業とは一切関係無い.小池都知事にとって教育委員会はアンタッチャブルなのだろう.

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小池都知事のメッセージとは?

図を作成したデータを用いたら平成28年の都立高生徒数と都公立中生徒数の比は1:1.83だった.高校入試で都立を受けないという生徒も少なからずいるので,入試でのこの数値はもっと低くなる.実際,現状の都立高校入試倍率は普通科合計で1.56倍だった(http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/press/2016/pr160216a/28soukatsu.pdf).

平成18年からは公立中生徒数が上昇に転じつつあるので,新年度募集人数が増減するケースがみられる(例えば平成28年度東京都立高等学校等の第一学年生徒の募集人員等について:東京都教育委員会を参照).だがそれらは結局"微調整"にすぎない.

より多くの生徒を都立高に入学させたり高等学校等就学支援金制度を拡充して親の経済的負担を軽くする政策は教育委員会の既存事業に抵触する.これらの既存事業にメスを入れるには教育委員会の人事を掌握しなければならないのだ.


では都の高校教育行政において都知事独自の政策を表に出すにはどうすればいいのか?

都知事がとりうる手段は,教育委員会所管事業に関わらない"ワイズスペンディング"(wise spending=税金の有効活用)プランを打ち出すしかない.それこそが「都独自の給付型奨学金制度を創設」東京都教育施策大綱 〜東京の輝く未来を創造する教育の実現に向けて〜, p.10)なのだろう.私立高生徒に都税をつぎ込むしか手はなかったのだ(都立高等学校等における給付型奨学金の創設も謳っているが,それを受けるには生徒は都立高入試を突破しなければ話にならない)




なお,私学に税金を投入することについては私学に子を通わせた/通わせている経験から懸念が2点ある.
①授業料だけ実質無償となっても私学は授業料以外にもかなりお金がかかる.
→すでにあちこちで言われているようだが,私学では学校によって差はあるものの修学旅行の積立金だ,学校行事だ,なんだかんだと少なくともあと30〜40万円は必要.これに耐えられないと私学に入ったら家計は余計苦しくなる.

②表現は悪いが,私学は子どものアタマと親のカネ=経済力が相対的に均質な集団なので,その中に授業料給付組という異質なグループが大量流入するとこれまでになかった問題が生じるかもしれない.
→中高一貫校の中には中学入学組と高校入学組を同じクラスにしないところもあるが,そうじゃないところも多い.親の経済力の違いを子どもはすぐに嗅ぎ分けるので,後者の学校で何らかの事態が起きても不思議ではない(それでなくとも何だかんだあるというのに)

だが小池都知事は私学に都税を投入すると宣言した.それは「都立の定員は増やせないから入りたいならがんばって勉強して入試を突破してね.そうじゃないなら他県でもいいから私学に入ってね.授業料捻出しにくいご家庭にはそれなりに税金出すからがんばって」というメッセージではないかと受け止めた.

とんだエピローグ

などと書いてからふと気になったので2016年の都議会議事録で「奨学金」で検索した.

すると,小池都知事就任後は6件ヒット.2件は都議による質問(1名は公明党,1名は自民党),1件は都知事の所信表明,2件は知事の答弁,そしてもう1件はなんと生活文化局長の答弁だった.

なぜ教育長もしくは教育委員会部局者が答弁しないのだろうと思って生活文化局のHPをみたところ,私立学校振興施策は生活文化局の管轄と知って驚いた.

このエントリー冒頭で,私はこう書いた.

"ちなみに「国の制度に加え、都独自の特別奨学金を拡充」というのは,公益財団法人東京都私学財団を通じた私立高等学校等就学支援金事業への上乗せに当たる."

そう,東京都の私学助成を取り仕切るのは教育委員会ではなく生活文化局であり,東京都私学財団は生活文化局と密接な関係にあるのだ.

つまり,今回の"都独自の私立高生への給付型奨学金"は生活文化局(と公明党?)が絵図面を書き,それに知事がのっかった可能性もある.

この政策はそもそも小池氏の都知事選選挙公約だった(小池ゆりこ 東京都知事選特設ページ).もしかしたら公約策定時,すでに生活文化局と口裏を合わせていたのかもしれない.とはいえ,それくらいのことができないようでは公約実現はおぼつかないだろう.

平成29年第1回都議会定例会は2月22日に開催される."給付型奨学金"については議案が通らないと何も始まらない.小池都知事のお手並み拝見である.

ではまた!