おまきざるの自由研究

好奇心の赴くままに

「女史」は差別用語?敬称って聞いてたけど普通は使わないの?

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気になる「女史」

この記事で小池百合子都知事に対して用いられた「女史」という言葉がとても気になりました.

筆者は女性に対して女史を用いたことはありません.大学の先輩が大学院の女性の先輩に対して「女史」と言っていたことにアレ?と思っていたからです.

さて,女史にはどんな意味があるのでしょうか?

『広辞苑(第5版)』ではこうなっていました.
①中国で,後宮に仕えて記録をつかさどった女官.
②昔の女官の一.文書の事をつかさどったもの.
③社会的地位や名声のある女の人.また,その氏名に添える敬称.

今では③の意味で使われるのが普通かもしれません.

いや,本当にそうでしょうか?

さらに気になったので以前「ファストバーガー」「ファーストバーガー」のどちらが正しい用法なのかについて書いたエントリーで用いた『記者ハンドブック』を開いてみました.

 

 



すると驚くべきことが書かれていました.

女史は性差別語・不快用語だった

『記者ハンドブック』の差別語,不快用語の項目には,こう書いてあります.

 性別,職業,身分,地位,境遇,信条,人種,民族,地域,心身の状態,病気,身体的な特徴などについて差別の観念を表す言葉,言い回しは使わない.基本的人権を守り,あらゆる差別をなくすため努力するのは報道に携わる者の責務だからだ.
 使う側にとって差別意識がなくても,当事者にとっては重大な侮辱,精神的な苦痛,差別,いじめにつながることがある.使われた側の立場になって考えることが重要だ.ことわざ,成句の引用でも,その文言の歴史的な背景を考え,差別助長にならないような心遣いが必要になる.(p.490)

 

「特に気を付けたい言葉の主な例は次の通り」として,
1 心身の障害,病気
2 職業
3 身分など
4 人種,民族,地域の表記
5 性差別
6 子ども
7 俗語,隠語,不快用語
を挙げています.

実は上記5の性差別の箇所に,女史が記載されていたのです.

女史は女性を特別視する表現

しかも,女史は「女性を特別視する表現や,男性側に対語のない女性表現は原則として使わない」言葉の筆頭に挙げられていました.

女性を特別視する表現や,男性側に対語のない女性表現は原則として使わない.性別を理由にした社会的,制度的な差別につながらないよう注意する.

・女史→○○○○さん
・女流→「女流名人」などの固有名詞以外は使わない.
・連れ子→差別的な意味では使わない.「○○さんの長男」などとする.
(p.494,以下略)

 

つまり,「女史」という言葉は,「性別について差別の観念を表す言葉であり,女性を特別視する表現・男性側に対語のない女性表現」ということになるんですね.

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時代が移れば言葉の用法は変わる

一方,ちょっと前の本には普通に女史と使われているものがあります.

本稿執筆時にたまたま手元にあった『結婚の起源』(1983年)という本を例にあげます.

 

この本の共訳者の一人,伊沢紘生宮城教育大学助教授(当時)は「著者ヘレン・フィッシャー女史」と書いていました(p.263). 

伊沢氏は女性の著者であるフィッシャー博士に対して敬意をこめて「女史」と表記したにすぎないかもしれません.

ただし,気になるのは『結婚の起源』のもう一人の共訳者である熊田清子氏がフィッシャー博士のことを「著者」と書いていることです(p.262)

女性が女性に対して「女史」とは用いていないのです.本当に偶然手元にあった本を開いたにすぎないのですが,この相違は興味深いです.

たった1冊の本のことなので取るに足りない事例かもしれませんが,広辞苑にあった女史を「社会的地位や名声のある女の人.また,その氏名に添える敬称」で用いるなら,熊田氏も「ヘレン・フィッシャー女史」と書いて良さそうです.

また,編集側でも著者の呼び方を統一すべきだろうと思います.

もしかしたら,熊田氏は「女史」という言葉を拒否したのではないでしょうか?

ポリティカルコレクトネス 

ところで,なぜ「女史」が差別語・不快用語になったのかについての経緯は,『記者ハンドブック』を読んだ限りではわかりません.また,「女史」で検索しても明瞭な説明は見つかりませんでしたが,おそらく,これと関係しているのかと思います.

"ポリティカルコレクトネス"について引用しておきます.

ポリティカルコレクトネス(political correctness)

人種・宗教・性別などの違いによる偏見・差別を含まない、中立的な表現や用語を用いること。米国で、偏見・差別のない表現は政治的に妥当である、という意味で使われるようになった。言葉の問題にとどまらず、社会から偏見・差別をなくすことを意味する場合もある。ポリティカリーコレクト。PC。政治的妥当性
[補説]「黒人」を「アフリカ系アメリカ人」、「メリークリスマス」を「ハッピーホリデーズ」、「ビジネスマン」を「ビジネスパーソン」と表現するなどの例がある。日本語でも、「看護婦・看護士」を「看護師」、「保母」を「保育士」などの表現に改めたことが、これに相当する。(出典:ポリティカルコレクトネス(ポリティカルコレクトネス)とは - コトバンク

Wikipediaのポリティカル・コレクトネス - Wikipediaによれば,1980年代にアメリカで使われ始めたとのことです(出典等が不十分とのことですので,英語版Political correctness - Simple English Wikipedia, the free encyclopediaを見たところ,1970年代初期から使われていたとありました)

◆言葉の意味・用法が時代とともに変化することは例をあげるまでもなくご存じでしょう.

もともとは「社会的地位や名声のある女性を敬意を込めていう語」という意味で使われていた「女史」が,『記者ハンドブック』に差別語・不快用語であると初めて示されたのは1997年発行第8版とのこと(敬称について | 藤野 恵美).

それからもう19年が経過しています.

しかしながら,女史についてWebの国語辞書等を調べても,差別用語して記載するものは見たことがありません.

「女史は差別用語としてだから使わない」のが普通なのかどうか,筆者にはなんとも言えません.

実際,敬称として用いている方も少なくないでしょう.とはいえ,「女史」を性差別語として認識し,その用法を気遣っている人たちがいることは確かです.

なお,「我々は新聞社に属しているわけではないので、『記者ハンドブック』を参考にしながらも自分たちなりのルールを決めていけばいいと思います。」(出典:『記者ハンドブック』第13版を買ってみた | 文章の書き方)という主張はその通りだと思います.

あなたは「女史」をどの意味で用いますか?