読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ブログの型をもつこと:30数年前のとある日のエレクトーンのレッスンより

【スポンサーリンク】

ブログの型とは?

inkyodanshi21.com

 

読んだ方もいらっしゃるかと思います.鳥井弘文さんのブログ記事です.

 

僕のような考察系の記事だけでなく、ノウハウ記事、インタビュー記事、イベントレポート記事……すべてのタイプの記事には必ず型が存在します。

そして、生産性が高い人というのは、ほとんどの場合、自分なりの型を持っていて、単にそれに当て込んでいるだけなんですよね。毎回ゼロからオリジナルという人は、まずいないでしょう。

 
私のブログには「型」がありません.毎回ゼロから書いてます.「今日はあのことについて書こう」,というぼんやりした構想はありますが,ほとんど行き当たりばったりです.

途中でこんな図が欲しいなと思ったら,検索して一次資料入手してデータをExcelに入力してグラフを書いてスクリーンショットとってSkitchで仕上げて,などとしています.生産性もへったくれもありません.やたら時間かかってます.  

1日1記事は更新したいと思っていた時期もありましたが一定の密度を保ちながら毎日更新するのは無理なようです.

「型」をつくって流し込めばもっと記事を量産できるのかな,でも書きたいことを書きたいように書いてるだけだし・・・,などと思っているうち,いつの間にか考えるのをやめました.


でも,人間というのは面白いもので,「あれはああいう意味だったのか」,と急に腑に落ちる瞬間が訪れるときがあります.

それは,ブログと関係ないエレクトーンのことがきっかけでした.

 

 

f:id:browncapuchin:20160216152122p:plain

 出典:エレクトーンの変遷 - エレクトーンとは - ヤマハ株式会社より.
1975年製D-20.

 

 

ありし日のレッスンから

たぶん小学3年生のときの出来事です.当時エレクトーンを習っていた先生から宿題を出されました.即興演奏についてです.「この曲になんでもいいから変化をつけて弾いてらっしゃい」という指示でした.次回,一週間後のレッスンが期限でした.

ちょっと説明しますね.

エレクトーンには10〜2級までグレード試験というものがあります(昔は3級までだったと記憶してるけど).試験ですから,課題をクリアしないと合格させてもらえません.

課題の内容は級によって異なりますが,あらかじめ練習しておいた曲を用意し,試験官がその場で指定した曲を弾くというものがあります.自由曲課題曲です.今はAコースとBコースになっているようですが,私の頃はそんなのなかったので知りません.3級になると自作曲が加わります.詳しくはヤマハグレード - ヤマハ音楽振興会をご覧下さい.

その他,これも級によっていろいろですが,試験官が弾いた通りを耳コピしてその場で弾く聴奏,その場で渡された楽譜をその場で譜読みして弾く初見,そして多くの人が苦手とする(と思いたい)即興演奏・モチーフがあります.

モチーフは,数小節しか楽譜がない譜面を渡されて,一定時間考えてからその続きを発展させて弾くというものです.

即興演奏は,あらかじめ用意された譜面を一定時間考えたのち,まず1コーラス目を譜面通りに弾き(前奏を加えるのもありだったと思います),2コーラス目からリズムを変えたりメロディーに手を加えたりして,その場でアレンジして弾くというものです.私はこれが大嫌いでした.

さて,宿題を出された小学3年生の少年おまきざるに戻ります.当時,先生に「なんでもいいから自由に変化をつけて弾いてらっしゃい」と言われました.でも,自由にと言われてもどこをどうチェンジ()したらいいのかさっぱりわかりませんでした.

 

考量時間は一週間168時間.目一杯手持ち時間を使い切り(まる一週間練習してないということです),少年は一つの解を導きました.それは,楽譜に8部音符(♪←コレ)を1つを加えることでした(これでチェンジできた!).正直に正確に言うと,楽譜のたった1ヶ所に8分音符(♪)を書き込み,その直前の4部音符(♩)に「ヒゲ」を付けて8部音符(♪)に変えたのです.宿題の指示はきっちり遂行できました."ミッション・コンプリート"です.もしかしたら音符が文字化けするかもしれませんのでご容赦ください.

宿題に終止符を打った(八分休符でも良かったんだ!)少年は,構想一週間執筆5秒練習時間ゼロ秒でレッスンに臨みました.

レッスンは,たいてい自由曲の練習から始まります.自由曲に関してはレッスンに出かける30分前からの練習だけでいつもある程度進捗できたので,ここは難なくカバー.やがて即興演奏の時間がやってきました.

 

少年は,手書き音符が一つ増えただけの楽譜をおそるおそる開きました.そして,1コーラス目は楽譜そのままを弾き(before),2コーラス目はミッション通り変化をつけて弾きました(after).

すると,なんということでしょう,先生はひどくお怒りになってしまいました!

「1回目と2回目でどこが変わってるのよッ!!(怒怒怒怒怒)」まだジョジョどころか魔少年ビーティーもバオー来訪者も連載が始まってない頃でした.


・・・少年は,「ここに八分音符を加え,この4部音符を8部音符にするという変化をつけました」と,楽譜の該当箇所を指さし,自分の正当性を主張しました.でも,その主張はまったく聞き入れてもらえませんでした.

先生は,少年が1週間考えに考えてやっとの思いで変化を追加したわずか1点(2点か)の違いに気付いていなかったのです.いや,気付いていないはずはありません.きっと即興演奏の根本的なところが間違っていたことについてえらくお怒りになられたのです.

先生は,「こんな風に弾けばいいのよッ!」とメロディーや伴奏に変化をつけた演奏を怒気をあらわにしながら披露してくださいました.でも,少年の耳にはあまり届きませんでした.

そんなほほえましいレッスンが何回か繰り広げられた後,少年はその先生の元を去りました.当時は土曜が会社休みの父が車で送迎してくれてました.でも父が病気になったので,自宅から遠い先生のお宅まで通えなくなったのです.


少年が次にチェンジ選んだのは,もっと若くてもっともっと綺麗な先生でした(たまたま近所にエレクトーンを習っている同級生がいたので紹介してもらっただけです).確か,木町通りのセンターで講師してたけどもうすぐ家で教室始めるからということで一度センターに行った記憶があります.仙台ローカルな話ですみません.

やがて少年は,とても若くてすごく綺麗な先生の個人レッスンによってグレード6級まで取得しました.

ある日とつぜん腑に落ちた

でも,あの日のレッスンのせいでしょうか?即興演奏は苦手なままでした.5級用の自由曲と課題曲(JOCのやたら弾きにくい課題曲も嫌々練習しましたよ)は準備したけれど,5級レベルの即興は克服できませんでした.そしてグレード5級を受験しないまま大学受験に突入しました.その後,レッスンはずっとお休みしたままです.

グレード試験に合格するためには,一定の水準の演奏が要求されます.練習方法は,即興用の曲集を弾きこなして,様々なパターンをものにするのが王道です.パターンをものする,つまり「型」を身に付ければ良いのです.でも,少年には,自分がどこが苦手で,何をすればいい克服できるのかについて「分析」する能力がまだありませんでした.「嫌い,苦手」をそのままにし,「型」を身に付ける努力を怠ったから,6級で終わってしまったのです.

 

「そうか,あのとき「型」を身に付ければよかったんだ」,と鳥井さんのブログを思い出して腑に落ちたのが,グレード5級の即興演奏で苦闘した日々から30年もの時間が過ぎた一昨日くらいのお風呂タイムでした.

 

型とフォーマットとスタイル

 ところで,『ブロガーには言葉を「紡ぐ人」と「奏でる人」がいる』,とのことです.

 

honeysuckle.hatenablog.jp

 

言葉を紡ぐ人っていうのは頭の中でしっかり考えて文章構成を練ってから文章を作る人。言葉が慎重だったり柔らかかったり裏付けとかデータをしっかり取る「オトナ」な文章を書く方に多いと思います。(中略)

で、もう一つ。

考えたことをそのまんま言葉にして文章にあらわしてしまう人。鍵盤を叩いて音楽を奏でるように文章を奏でてしまうイメージ。

 

どちらの人も,ブログの「型」をもっていると思います.鳥井さんが述べている「型」はむしろ「フォーマット」ですが,「型」を「スタイル」と解釈すれば,紡ぐ人・奏でる人はスタイル.

翻って自分はどうでしょう?拙記事に目を通していただいた方にはおわかりと思いますが,今のところ,私の記事にはフォーマットもなければスタイルもありません.

型にはまらないと言えば,雲のジュウザみたいでちょっとカッコイイかもしれません.しかし,しょせん我流は我流.ラオウに倒されてしまいます.

 

さて,「型」を作るべきか否か.

鳥井さんは,こうも述べていらっしゃいます.

 

毎日ブログを書きたいと思っている人は、とにかく自分なりの型を作ってみることからはじめてみましょう。

日々浮かんでくるアイディアや発見などは、そこに流し込むケーキの生地のようなものだと思えばOK。あのドロドロした感じのやつ。

それを集めて、あとは型に流し込むだけでOKという状態にしてしまう。

 

できればこの文章より前の部分も,というか全部読んでください.ブログもエレクトーンも,他のこともそうですが,まず慣れないことにには続けられないし上達するはずもありません.慣れるため,続けるため,続けやすくするために『「型」を作ってみることからはじめる』のはアリだと思います.

 

でも,「あのときあんなこと考えて無駄なこともしてたっけな」という思考の過程も含めて苦しみながら時間をかけてブログを書くことそのものを楽しむのであれば,フォーマットとしての「型」は不要なのかもしれません.

 

もしかしたら,200記事,300記事とブログを書き進めていけば,自分の「型」が見えてくる・・・のでしょうか?そのうち「型」を見いだす日が来るかもしれないし,来ないかもしれません.まだまだ「過程」の最中を彷徨いながら,たまに噛みつきつつブログを書き続けようと思っています.

 

◆◆◆◆◆◆

 

この記事は,8割ほど書きあげた記事が下書き保存をしなかったために消し飛び,泣く泣く書き直したあと火狐が突然落ちるなどのアクシデントに見舞われながら20分(←大嘘)で書かれました.

ではまた! 楽しいブログ生活を送りましょう!