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この毛なんの毛 気になる毛:覚えておきたいニホンザルの体毛の話

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はじめに


前回はニホンザルの社会についておおまかなこと書きました.7,000字超の長文にもかかわらず,予想外にたくさんはてなブックマークコメントをいただき,また概ね好評でしたのでとても有り難く思っています.   
 

browncapuchin.hatenablog.com

今回はニホンザルの話の第二弾として,ニホンザルの体毛について書きました.

ニホンザルは顔,前肢後肢のいわゆる掌,それとお尻の性皮と呼ばれる部分以外はほぼ体毛に覆われています.夏には換毛してまるでトリミングしてもらったかのようにすっきりします.いわゆる「夏毛」というやつですね.

この画像では前頭部から頭頂部にかけて夏毛になってきたところですね.まわりは冬毛です.頭と手足の先から換毛が進行するようです.

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(出典:http://takumy0294.naturum.ne.jp/e2489664.html

そのニホンザルの体毛ですが,どんな役割があるのでしょう?

 
一般的な答としては,「体温の保持と体表面の保護:毛 (動物)とは - goo Wikipedia (ウィキペディア)」が妥当だと思います.

それなら,日本に住んでいるニホンザルの体毛はみんな一緒かもしれません.

でも,日本は南北に長く,標高差もあるため,地域によって気温がかなり異なります.気温だけじゃなく,降水量も異なります.

ニホンザルの体毛が「体温の保持や体表面の保護」という役割(機能)を担っているのなら,環境の相違を反映して何らかの地域差があるのではないか?そう考えて調べる研究者がいても不思議ではありません.

そして,ニホンザルの毛が気になって気になってしかたなかったと思われてもしかたないほどニホンザルの体毛について調べた研究者がいらっしゃるようです.

稲垣晴久氏(論文発表当時の所属は塩野義製薬株式会社,以下敬称略)はニホンザルの体毛について,体毛の長さ(Inagaki 1985),体毛の長さ,直径,形状などの形態学的特徴(Inagaki 1986),毛の密度の地域差と年齢差(Inagaki & Hamada 1985),毛の長さの年内変化,つまり換毛について(Inagaki & Nigi 1988)などなどの論文を発表しています.まさにニホンザル体毛研究のスペシャリストといえるでしょう.

その稲垣による,1992に印刷された和文論文が今回紹介する「ニホンザル体毛の地域差(『霊長類研究』8巻, pp. 49-67,以下,稲垣 1992,あるいは引用箇所のページ番号を表記)」です(巻末の論文概要のみ英語).全文閲覧可能です.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/psj1985/8/1/8_1_49/_pdf

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では,論文の内容をかいつまんで紹介します.

 

緒言(イントロ)と方法について

 

ニホンザルは,ヒト以外の霊長類の北限に分布しています.このため,北限の生息地である青森県下北半島を含めた寒冷地のニホンザルは早くから注目されていたようです.

例えば長野県の地獄谷温泉(「後楽館」という温泉宿があり,宿の露天風呂にはニホンザルもやってくるのが売りのようですが,サルは食堂への侵入を狙っていて宿の職員さんが日々格闘しています.というか,20年以上前に宿に泊まったとき,宿のおばさま達が箒でサルを追っ払ってました.)では,1964年に地獄谷野猿公苑が開苑,そこが舞台となった岩合光昭の写真集『スノーモンキー』をご覧になった方は少なくないと思います.




寒冷地に生息するニホンザルについては,「厚くて熱絶縁性に優れた被毛(注:動物の体表面をおおう毛)を保有していることが,寒冷への適応の重要な要素になっているものと推測(稲垣 1992, p.49)」されていました.

稲垣は,自身による一連の研究によって,「ニホンザルの体毛に関する一連の研究では,寒冷に対する適応を物語る形態的特殊化は明らかにされていない.他方でInagaki & Hamada (1985) が,ニホンザルの3地域個体群の体毛密度に関する研究において,地域差が存在するーすなわち,寒冷地の個体群の体毛密度のほうがより高いことーを示唆し,毛の長さ・太さといった他の諸特徴の検討も含め,より詳しい研究が必要である」と指摘しています.

地域個体群とは,ある地域に生息しているニホンザルの群れをいくつかまとめたものと思ってもらえればいいでしょう.群れが一群だけで単独生活していることのほうが少ないからです.

稲垣は,調査対象を16地域個体群にまで広げ,ニホンザル体毛の密度については13地域253頭,体毛の長さについては14地域293頭のサンプルを分析しました(図はp.50より).

 

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冒頭で述べたようにニホンザルは季節によって換毛します.稲垣が用いたサンプルは12月〜3月の冬毛に統一されたものでした.

◆サンプルの体毛は,各地域個体群に赴き,捕獲オリもしくは捕獲ネットによって1〜数頭ずつ捕獲し,麻酔を施してから背側部の毛を採取したとのことです.

◆体毛の密度については,皮膚を直径1cm採取して,採取部分に生えている毛の本数を実態顕微鏡を用いて数えました(皮膚を採取したニホンザルは,抗生物質を投与してから摂取部位を縫合)

◆毛の長さは実体顕微鏡で1本ずつ定規で0.1mm単位で計測し,約60本の長さの平均値を用いています.

◆毛の太さは,「スライドグラス上にマウントした毛の直径を顕微鏡下でマイクロメーターを使用し,0.1mm単位まで計る方法をとり,数ヶ所測った中で最も大きな値をその毛の太さ」とし,約60本の毛の太さの平均値を用いています(以上,方法についてはp.51).

◆各地域でのサンプル数(サンプルサイズ)は体毛の密度は5〜55個体(表1),体毛の長さは4〜39個体(表2)とバラツキがみられています(ともにp.52).日程や予算が限られた中での野外調査では,きれいにサンプルサイズを揃えるのが非常に困難なことが容易に想像できます.サンプルサイズの地域間での違いについては不問にさせていただきます.また,毛嚢数についても計測していましたし,年齢と体毛の長さ・密度についても分析していますが,この記事では割愛します.

 

◆これらのデータに加え,ニホンザルの体毛の長さおよび太さを計測した13ないし14地域について,年間降雨量と1月の平均気温を「日本の気候(和達編 1958)」から引用したとのことです.したがって,

①気温と体毛の長さ
②気温と体毛の太さ
③気温と体毛の密度

④年間降雨量と体毛の長さ
⑤年間降雨量と体毛の太さ
⑥年間降雨量と体毛の密度

の関連を分析することができます.


しかしながら,各地の測定結果を概観したところ,

A.体毛密度は寒冷地で高く,温暖地で低い傾向
B.体毛の長さは寒冷地で長く,温暖地で短い傾向

はみられたものの,毛の太さについては気温との関連は見られないとのことでした.また,年間降雨量と体毛の関係についての分析(相関関係の統計処理)は行われていませんでした.

このため,論文には,①〜⑥のうち,

①気温と体毛の長さ
③気温と体毛の密度

の2点についての散布図がありました.

では①からみていきましょう.

 

各地域の気温とニホンザルの体毛の密度の関係


1月の平均気温とニホンザルの体毛の密度について,各地域のデータをプロットした図がこちらになります.

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スマホの方には小さく見づらいと思いますので主な点についてかいつまんで説明します.

1月の平均気温が最も高いのは鹿児島県屋久島の11.2℃,最も低いのは青森県下北の-2.4℃でした.

では,密度はどうかというと,最も低密度だったのが屋久島525.6,最も高密度だったのが下北の1123.7でした.

いくつか飛び値があるものの,気温と体毛密度の相関係数r=-0.80(p<0.01)と有意な相関関係がみられたとのことです(p.58).【注】検定方法についての記述はありませんでしたが,たぶんSpearmanの順位相関係数でしょうね.rの絶対値が1に近いほど強い相関があるとのことです(Spearmanの順位相関係数 - Study channel).私は,統計がものすごく苦手です・・・

つまり,ニホンザルでは気温が低いほうが体毛密度が高くなり,気温が高いほうが体毛密度が低くなる,すなわちより寒い地域で毛が密に生えていたという傾向がみられました.

毛がまばらにしか生えてないほうが,より寒く感じますよね(しみじみ)・・・

それはさておき,稲垣はこう述べています.

ニホンザルの場合,高い密度の体毛を持つことが,寒冷な気候に対する有効な適応形態の一つになっていると言える.(p.58)

 

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画像は下北のニホンザルとのことです(出典はhttp://blog.livedoor.jp/higuchimon/archives/2015-07-19.htmlですが,この方が画像を引用した元URLのエントリーはありませんでした)

 

各地域の気温とニホンザルの体毛の長さの関連


では,気温と体毛の長さについてはどうでしょうか?

論文の緒言(イントロ)ではこう述べられています.

体毛の果たしている大きな役割の一つは,温度バランスの維持である(引用文献は割愛します).体毛は動物と周囲環境との間に空気の層ーdead spaceーを作ることで両者間の熱の移動を妨げる断熱材として機能し,体温の恒常性の維持に大きな役割を果たす.(p.49)

 

したがって,密度のみならず,体毛も長いほうがdead spaceが得られやすくなります.

図をもう一つご覧下さい.

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長さはどうかというと,最も短かったのが大分県高崎山および兵庫県淡路島の45.5mm,最も長かったのが長野県地獄谷の63.6mm,次いで屋久島の63.3mmでした.

気温と体毛の密度のような相関関係は統計からは得られていません.気温と体毛の長さの相関係数はr=-0.295でした.

しかしながら,お気づきの方がいらっしゃることと思いますが,赤で囲んだ屋久島の値は「はずれ値」なんですね.

屋久島および,屋久島からサルを移動させて1956年に作られた愛知県犬山市大平山群のデータを除外すると,相関係数はr=-0.859,p<0.01と有意になりました.気温と体毛の長さにも相関関係がみられることがわかりました(大平山のデータはちょっと疑問ですが・・・)

屋久島のサルを除けば,体毛の密度と気温にみられるのと同様に,寒冷地のほうが体毛が長く,温暖地のほうが体毛が短いという傾向があることが明らかになったのです.


なぜ屋久島のサルは体毛の密度が低くて毛が長いのか?


ここで疑問が一つ浮かび上がります.

屋久島のサルの体毛の密度が低くて毛が長いのはなぜなのでしょう?

それは,屋久島で雨がたくさん降ることと関係しているようです.

14地域の中で,最も年間降水量が多いのは屋久島です(3,752mm).他の地域では900〜2,430mmに収まっています.

論文から引用します.

屋久島が温暖かつ多雨地帯であることは先にも述べたが,ここに生息するサル達は,温暖な気候に対しては低密度の粗い体毛を,多雨という条件に対しては,雨具の役割を果たす長い毛を持つことにより,ニホンザルの生息域の中では特殊ともいえる屋久島の気候に適応していると言うことができる.(p.60)


温暖な屋久島では体毛がよりまばらに生えているほうが通気性が良く,他の地域よりもたくさん降る雨に対しては長い毛が有効に機能するということなのでしょうね.

本州の最北の地から南は屋久島まで各地域に生息するニホンザルの体毛は,日本の気候に適したものになっていました.それは屋久島に住むニホンザル(ヤクシマザル)も例外ではなかったのです.


おわりに


論文ではさらに踏み込んで,ニホンザル以外のマカクについても毛の密度と長さについて分析をしています.マカクとは,ニホンザルを含む霊長類のあるグループです.分類階級で言えばマカカ属にあたります(本州に生息するニホンザルの学名はMacaca fuscata fuscata,屋久島に生息するニホンザル→ヤクシマザルの学名はMacaca fuscata yakui).

よろしければ,分類階級についてはこちらをご参照ください.

 

browncapuchin.hatenablog.com

 

では最後に,論文のまとめを引用しておきます.

ニホンザルは体毛を,高緯度もしくは高地のより寒冷な気候に対しては長くて高密度に,日本列島中央部の温暖な地方においては短く中密度に,そしてまた,暖かでかつ雨の多い屋久島においては低密度ではあるが相対的に長い方に変化させ,生息地の気候に適応してきた,と結論づけることができる.(p.66)

 
以上,ニホンザルの体毛研究のスペシャリストの論文を紹介しました.もし興味がありましたら,ぜひ読んでみてください.それにしても,数えた毛の総数は何本になるんでしょうね?


個人的に気になったのは,気温のデータがいささか古いことと,なぜ1月の平均気温を用いたのかについての説明が一切ないこと.

気象データは,気象庁に行けば最新のものだって閲覧できます(筆者自身,所用でそうしたことがあります).なぜ1958年発行の古いデータをわざわざ用いたのかについては腑に落ちません.手近にあったからでしょうか?

また,論文には,1月の気温データを用いた根拠についての記述がありませんでした.もしかしたら月平均気温が最も低いのが1月なのかもしれませんが・・・



孫悟空のモデルとされているとかいないとか言われているキンシコウというサルは,中国南西部〜チベットの標高2,000〜3,000m地帯に生息しているとのことです.彼らの体毛の長さ,密度,そして太さはどうなっているのでしょうね?

 

なお,このエントリーのタイトルはここから取りました.

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(出典:http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1302/09/news006.html

 

「この木なんの木 気になる木♪」,日立の樹でおなじみの,その名も「モンキーポッド(モンキーポッド - Wikipedia)」です.

ではまた!