おまきざるの自由研究

好奇心の赴くままに

オスが幼女を養女にして群れを作る:覚えておきたいマントヒヒの社会

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はじめに


私たち日本人に馴染み深いニホンザルは,オスの子どもはいずれ自分が生まれた群れ(出自群)から出て行く一方,ほとんどのメスは出自群に生涯留まり,母から娘へと群れが継承される母系社会を形成します.

browncapuchin.hatenablog.com

ニホンザルのように母系社会を形成するサルたちがいる一方,中にはオスが自力で群れを作るサルもいます.

自力で作るというのは,早い話,オスがメスを集めてくるのです.

そんな種の一つに,名前だけなら誰もが聞いたことがあるサルがいます.

それはマントヒヒ

では,その社会のあらましを見てみましょう.

 

マントヒヒとは


マントヒヒは『サルの百科』(p.161,p.163)でこのように紹介されています.

低木のまばらに生えている草原に生息.夜は険しい崖と岩棚を泊まり場として利用する.おとなのオスは顔の両側から背中にかけて灰色ないし淡灰褐色のかなり長い毛を持つことから,マントヒヒと呼ばれる.顔の皮膚は肌色.エジプト王朝ではマントヒヒは聖なる動物として崇められ,パピルスに書かれた絵などにも登場する.

体重 オス約16.9kg
   メス約9.9kg
体長 オス約79cm
   メス約58cm
尾長 オス約55cm
   メス約39cm

分布 アフリカ北東部のエチオピアからソマリア,アラビア半島南西部

 

 

サルの百科 (動物百科)

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マントヒヒはアフリカに住んでいるお猿さんです.体重・体長(頭胴長といって,尾を除いた頭からお尻までの長さ)・尾長すべてオスがメスを上回ります.

一般的に動物はメスよりオスが大きい種が多いのですが,中でもオスメス間の体格差が大きい動物は一夫多妻型の集団を形成する傾向がみられます.マントヒヒもそうです.

一夫多妻型の社会にもタイプがある


一夫多妻型の集団といっても,ニホンザルのようにメスが出自群を出ないでオスが交代する種もいます.

その一方,オスが自力でメスを集める,あるいはメスがオスのもとにやってくることで一夫多妻の集団を作る種もいます.ゴリラがそうです.

ゴリラのオスは基本的に集団内に1頭だけです。単独生活者のこともあれば、すでにハーレムを形成しているオスもいます。そのオスのもとにメスが寄っていく。面白いのはメスが所属する集団を変えるときです。集団同士が邂逅したときや、単独生活者のオスを見つけたときに、「これは」という相手を見つけると、 そのオスのもとにさっさと移ってしまう。(出典:人間のルーツ、ゴリラが教えてくれるメスの本能【前編】 京都大学総長 山極寿一×脳科学者 茂木健一郎:PRESIDENT Online - プレジデント


ゴリラの場合,メスの「自主性」を重んじる社会といえるかもしれません.ゴリラについては稿を改めます.

さて,マントヒヒに話を戻しましょう.マントヒヒもオスが自力で一夫多妻の集団を形成するタイプなのですが,ゴリラのようにメスが向こうからやってくるわけではないようです.

マントヒヒの群れの作り方


マントヒヒのオスは,まだ年端もいかぬ幼女を母親から引き離して強引に養女にして自分の手元に留めることにより,ゆくゆくは繁殖相手とします.

また,幼女だけではなく,繁殖可能なオトナのメスだって狩り集めます.まさにオスが「自力」で群れを作り上げるのです.

河合雅夫(当時京都大学教授)の著作,『森林がサルを生んだ』より引用します.

新しいユニット(注:マントヒヒの一夫多妻の集団すなわり群れはワンメイル・ユニット one-mail unitと呼ばれています)のでき方も傑作である.バンド(注:ワンメイル・ユニットが2〜3集まったものがクラン,クランが2〜3集まったものがバンドであり,バンドが日常の遊動単位となります.一つの群れ日常生活の社会単位である単層構造とは異なりマントヒヒのような社会は重層構造と呼ばれています)内にはフォロワーと呼ばれる青年期の雄がいる.彼らは雌の子どもを抱いて可愛がる.クンマー(注:ハンス・クンマーはスイスの霊長類学者)が「子さらい」と呼んでいる行動である.そのうち青年雄は,子どもが二歳にもなると,自分の所有にしてしまう.クンマーの表現によると「養女」にする.養女が成長すると,彼は彼女をお嫁さんにし,新しいユニットが誕生するのである.(p.198)

 

「子さらい」して「養女」にする.人間社会に置き換えるのが憚られる言葉が連発されていますが,あくまでマントヒヒをつぶさに観察した結果わかったことなのです.

ページが前後して恐縮ですが,1ページ前にはこう書かれています.

 マントヒヒのユニットでは,リーダー雄が雌をまとめるのは,徹底した攻撃によっている.有名な首噛み行動がそれで,雌が雄から離れると,リーダー雄はすぐそこへ駆けつけ,激しい攻撃を加え,雌の首に噛みつき,雌を連れもどす.雌は少しでも雄から離れるとかならず強い攻撃にあうので,雄につき従うよう条件づけられる.
 奇妙なことだが,雌同士は親和的な紐帯で結ばれていない.だから,もしリーダー雄が死んだりすると,雌たちはばらばらになってしまう.(pp.197-198)

 

森林がサルを生んだ―原罪の自然誌

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森林がサルを生んだ (河合雅雄著作集)

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ちょっと整理しましょう.

マントヒヒの社会のベースとなる集団は一夫多妻型の群れ,すなわち単雄群=ワンメイル・ユニットです.ワンメイル・ユニットがいくつか集まったのがクラン,そしてクランがいくつか集まったのがバンド.仮に,ワンメイル・ユニットの頭数を10頭,クランには3ユニット,1バンドに3クランが含まれるとすれば,10×3×3=90頭が1バンドの頭数になります.この90頭の集団=バンドが日常の遊動生活の単位となります.



ワンメイル・ユニットの始まりと終焉はこのようになっています.

①オスは青年期になると離乳が完了していると思われる二歳になったメスの子どもを母親から引き離して手元に留めます(「子さらい=キッドナップ」して「養女」とする).

②オスはその後もメスを集める努力をして,子どものみならずオトナメスも他のワンメイル・ユニットから取り込みます.

③オスは,このようにしてワンメイル・ユニットにいるメスの頭数を増やします.最盛期にはオトナメスが10頭にも及ぶようになります.

④その後は,ワンメイル・ユニットを作るときにオスがしてきたのと同じことを他のオスにされてしまいます.周りのオスからメスや子どもを取られてしまい,やがて自分一人となって群れではなくなってしまうのです.子どものメスを取られることでインセスト(近親交配)が回避されているのでしょうね.

まとめると,マントヒヒのワンメイル・ユニットは「オスが一代限り,自己の力でメスを集めることによってできあがったもの」なのです(以上,①〜まとめは大沢秀行(当時京都大学助教授)による「一夫多妻の社会ーサバンナの霊長類とシマウマ」,『サルの文化誌』,p.140より引用)

 

サルの文化誌

サルの文化誌

 

 

 

マントヒヒのオスが養女をとる行動は「養子縁組」と呼ばれるそうです.養子縁組も含め,初めてマントヒヒのワンメイル・ユニットの成り立ちについて知ったときは.正直とても驚きました.

養子縁組によって初期集団を作り,やがて育ったその子と交尾するのみならず,他の集団からもメスを狩り集めてくる.手元においたメスが自分から離れるそぶりを見せれば首の後ろに噛みつき(この,メスを懲らしめるマントヒヒのオス特有の行動は「ネック・バイト」と呼ぶとのこと).

そうやって狩り集められたメスたちの間に,何らかの親和的関係が生まれるかと思えばそうではなさそうです.すでに引用したとおり,「雌同士は親和的な紐帯で結ばれていない.だから,もしリーダー雄が死んだりすると,雌たちはばらばらになってしまう.」のです.

大沢によれば,「若いオスが未成熟のメスを所有することが,オスの繁殖戦略上有効に働き社会的に定着したと考えられる」(『サルの文化誌』,p.141)とのことです.

母系的単雄群を形成する霊長類の場合では数年毎にオスの交代がみられますが,種によってはオス同士が直接闘争した結果,肉が裂けて応戦するどころかまともに四足歩行することすら困難な状態に追い込まれ,元のオスが群れを去ったシーンを動物番組で見たことがあります.

オス同士はなぜそんなことをするのか?説明の一つは,単雄群の雄になることが,雌との交尾を独占しやすいため自分の遺伝子を残しやすいから,というものです.

マントヒヒのオスは,子どもの雌と養子縁組したり,力の衰えたオスからメスを奪うことで所有するメスを増やし,自分の子を残します.つまり単雄群=ワンメイル・ユニットの雄同士の直接闘争を回避することで自分の遺伝子を残す方向に進化したのでしょう(進化についてはいずれ別記事で扱うつもりですが,いつになるかは未定です)

なお,オスがワンメイル・ユニットを作れるのは自分が生まれたユニットの近くの別のユニットに追随した場合に限られるそうです.つまり自分が生まれたユニットが属するクラン=出自クランの外ではメスを養女にすることはできないらしいです.メスはクランの外にも出て行ってしまうので,クラン単位でみればマントヒヒの社会は父系になるとのことです(『サルの文化誌』,p.141).



以上,ニホンザルとはまた違った霊長類の社会のお話でした.

このエントリーを読んでくださった中で,もしかしたら女性は不快感を覚えたかもしれません.でもそれは,マントヒヒが進化の過程で獲得した性質に他なりません.現代社会の我々の感覚が通用する世界ではないのです.マントヒヒのオスの行動が気に入らなくても,マントヒヒのことはどうか嫌いにならないでください.

ではまた!