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京大「人類進化ベッド」誕生秘話?:『チンパンジーは365日ベッドを作る:眠りの人類進化論』より

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京大「人類進化ベッド」の発案者は座馬耕一郎研究員


京大「人類進化ベッド」の記事を読んだ方は多いことでしょう.

www.asahi.com

記事へのリンクはそのうち切れるかもしれませんので,ちょっと引用しておきます.

ぐっすり眠れるベッドはチンパンジーが知っていた――。類人猿のチンパンジーが木の上に作る寝床をヒントに、“究極の快眠”へ誘(いざな)うベッドを京都大の研究者らが開発した。その名も「人類進化ベッド」。京大総合博物館で開催中の「ねむり展」で公開している。

 野生のチンパンジーは食べ物を求めて移動し、たどり着いた場所で樹上に枝を折り重ね、中央がくぼんだ寝床を作って眠る。京大大学院アジア・アフリカ地域研究研究科の座馬(ざんま)耕一郎研究員(43)は、アフリカの森で一度そのベッドに寝てみたことがある。

 体を自然に包み込む形と適度な揺れ。「生まれてこのかた一番の寝心地」だったという。

京大が「人が進化するベッド」 類人猿の樹上睡眠再現:朝日新聞デジタル

 

京大「人類進化ベッド」を思いついたのは座馬耕一郎・京都大学アフリカ地域研究資料センター研究員.座馬研究員はアフリカ・タンザニア国のマハレ山塊国立公園というところで野生チンパンジーの研究に従事しています.

 


ホームページの調査歴によると,タンザニアでの調査は1999年から2011年にかけて7回約35ヶ月間.フィールドワーカーですね.

jambo.africa.kyoto-u.ac.jp

主な研究は野生チンパンジーの「睡眠」.ですが,睡眠の研究をはじめる前は「シラミ」について研究していたようです.


ニホンザルのシラミ研究からチンパンジー研究へ


シラミはヒトや動物の体表や毛に潜んで吸血する外部寄生虫の一種.ニホンザルの毛づくろいでサルたちが取り除いているモノはフケやゴミやノミと長年言われてきました.しかし,実際に取っていたのはシラミの卵でした(経緯については次の本に詳しいです).

 

 

シラミやチンパンジーの睡眠研究が,なぜ京大「人類進化ベッド」につながるのか?それを知りたくて「座馬耕一郎」で検索したらこの本にたどりつきました.

本文を引用します.

私がマハレで調査をはじめたのは1999年のことである.なぜタンザニアまで行ったかといえばチンパンジーとシラミの関係をあきらかにしたかったからだ.霊長類は毛づくろいという行動でシラミを取る.シラミの取り方は,霊長類によってさまざまだ.日本に棲むニホンザルは,左右の手を交互にすばやく動かし,まるで熟練した作業員のように毛づくろいする.一方,アフリカに棲むチンパンジーはというと,ちゃんと座って毛づくろいすることもあるけれど,寝そべってダラダラと毛づくろいすることもある.そんないい加減そうな毛づくろいで本当にシラミが取れるのだろうか.もしかしたらシラミなんか取っていなくて,ただ仲良くふれあっているだけなのだろうか.こういった疑問を,シラミの生態とチンパンジーの社会行動の両面から検証しようとしていたのである.

 

さて,本当にシラミの研究をしているのか疑問に思う方もいるかもしれません.

そこで,「座馬耕一郎 ニホンザル シラミ」で検索したところ,次の論文がヒットしました.オープンアクセスのようです.

 

座馬耕一郎(2013).霊長類とシラミの関係.霊長類研究 29(2), 87-103. 
書誌情報
CiNii 論文 -  霊長類とシラミの関係
本文PDF https://www.jstage.jst.go.jp/article/psj/advpub/0/advpub_29.017/_pdf


この論文(総説)から少し引用します.

シラミは多くの哺乳類に寄生しており,宿主の種分化にあわせて種分化してきた.その進化の流れの中で,ヒト(Homo sapiens)にもヒトジラミとケジラミ(Pthirus pubis)が寄生しており,毛づくろいも見られる(Murray, 1990; 菅原, 1984).ヒトジラミは,かつては頭部に寄生するアタマジラミと衣服に産卵するコロモジラミを別種と考えていた時期もあったが,現在は遺伝的に同種であるとみなされる(Leo et al., 2002).
 シラミの記述は古い史書にも見られ,712年に太朝臣安萬侶がしるした「古事記」(中略),近代日本では,芥川龍之介が,1915年に書いた「羅生門」という小説で(猿のような)老婆の行動を「丁度,猿の親が猿の子の虱をとるように,その長い髪の毛を一本ずつ抜き始めた」と描写し,翌1916年には「虱」と題する滑稽な歴史小説を発表している.このことは,虱の存在やシラミ取りが当時の人びとの間で一般的であったことを示唆している(芥川,1986).注:()の中の人名と年号は引用文献を示しています.引用元を知りたい方は論文をご覧になってください.


ニホンザルにはサルジラミが寄生します.サルジラミはサルの毛に卵を産み付けるそうです.座馬研究員が交通事故で死亡したニホンザルを対象にサルジラミの卵の数を推定したところ,毛1,000本あたり0.35個だったとのことです.なお,この数は病気になって群れと一緒に移動できなくなると毛づくろいしてもらえなくなるので増える傾向があるとのことです.

さて,ニホンザルの毛に付着しているシラミの卵は推定できました.でも,この推定,実はニホンザルの死体を用いて行っていたのです(論文の表1参照).

「チンパンジーの毛についているシラミ(チンパンジージラミ)の卵は何個だろう?」を知るためにアフリカへやってきた座馬研究員ですが,チンパンジーの死体が都合良く入手できるとは限りません.では,どのように調査をすすめたのでしょうか?

木に登り,チンパンジーのベッドで寝てみたことが「人類進化ベッド」の発端だった


そこで,彼は,チンパンジーが木の上に毎日作るベッドまで登りつめ,チンパンジーの抜け毛が落ちていないか,その抜け毛にシラミの卵が付着していないかを調べ始めました.

彼が登ったベッドの数はなんと140!5,550本の毛を集め,シラミの卵を9個見つけたそうです(『チンパンジーは365日ベッドを作る』, p.18)

さて,もとはと言えばチンパンジーの抜け毛収集のためにベッドに登っていた座馬研究員ですが,あるとき,ベッドで寝てみたくなりました.

このように,抜け毛を集めるために木に登っていたのだが,そこにあるのはベッドである.チンパンジーの作ったものとはいえ,ベッドはベッドであり,ベッドというのは寝るためのものである.そう思うとどうしても寝てみたくなるわけで,実際に寝てみたのである.
 チンパンジのベッドは,寝てみると,ものすごく気持ちのいいベッドだった.ベッドの硬さは,堅固であり,同時にやわらかくもあり,といった感じだった.枝を組んで作られているので,その枝組みが体をしっかり支えており,頑丈に感じられる.しかしガチガチに堅いわけではなく,生の絵だでできているのでしなやかだ.また葉のついている小枝が何層にもしきつめられているので,枝組みが体にゴツゴツとあたることがなく,やわらかく感じられる.木の上にあるので落ちそうで怖いかというとそうでもなく,ベッドのまん中のくぼみに体が収まり安定感がある.体の動きや風で木が揺れるが,意外とその揺れが心地よい.
 最初に昼寝したときは,調査中なのに2時間半ベッドで過ごした.1時間半ほどたった頃にベッドから降りようかと思ったが,なんだか抜けさせなかったのである.チンパンジーのベッドは,これまで寝たことのあるベッドの中で,一番気持ちのよいベッドだと断言できる.(pp.18-19)

 

「寝てみたくなったから寝た」という話のネタにしかならないような振る舞いが,その後の研究を大きく左右するきっかけになるとは夢にも思わなかったでしょう.座馬研究員は,チンパンジーの睡眠研究に着手することになるのです.

この体験がもとになり,抜け毛だけでなく,ベッド自体にも興味がわいてきた.そしてチンパンジーの睡眠を研究テーマにするようになったのである.(p.19)


わたしたちヒトは,眠るときに寝具を用います.初期人類の一種であるアルディピテクス・ラミダスは,チンパンジーやニホンザルと同じような,木の枝を握るのに適した足の構造をしていたそうです.樹上生活に適した体の作りをしていることは,樹上で夜間の睡眠をとっていた可能性が示唆されます.つまり,今のチンパンジーのように樹上でベッドを作って夜間の睡眠をとっていた可能性が示唆されます(p.188-189).

 

初期人類が作っていたベッドは,きっと祖先から引き継いだ浅いお皿型のベッドだったに違いない.チンパンジーが毎日作っているようなベッドだ.この上で,二足歩行する初期人類は眠っていたと考えられる.(中略)お皿型のベッドは私の体を包んでうまいぐあいに支えてくれた.少し高くなったベッドの縁は,ちょうど枕のような役割をしていた.私たちが寝心地をよくするために使っている枕や抱き枕などは,もしかしたら初期人類が使っていた樹上ベッドの縁の名残なのかもしれない.(pp.189-190)

 

京大「人類進化ベッド」に京大山極総長が仰向けに横たわっている画像を今一度見てください.

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出典:http://digital.asahi.com/articles/photo/AS20160528000811.html

 

どうやら座馬研究員のベッドへのこだわりは「縁」のようです.彼は,「縁」のある「皿形」のベッドの試作に着手します.2008年7月8日,熱くて寝苦しい夜のことでした(p.190).

試作といっても,何のことはありません.自分が使ってる敷き布団と座布団とクッションを組み合わせ,チンパンジーベッドの再現を試みたのです.

敷き布団を二枚,平行に敷き,両端にあたる部分の半分をロールケーキのように巻いて左右の縁にして,さらに丸めた座布団とクッションを布団の下に差し込むことで,頭と脚の部分にあたる縁にした.これでよく眠れると,その上でひと晩眠ってみたのだが,気持ちよく寝ることができたのだけど,ひと晩で形が崩れてしまい,朝,起きたときは体の一部が畳の上に落ちてしまっていた.
 翌晩も形を整えて眠ったが,やはり朝には形が崩れてしまった.そこで3日目には作り方を少し変えてみた.敷き布団の1枚を横向きに敷き,両端を少し丸めて横の縁にして,その上に別の敷布団をのせ,丸めた座布団とクッションを布団の下に差し込んで頭と脚の䋖にあたる縁にしたのだ.この新しい部度はくぼみが深すぎたようで,体がしっかりとはまってしまい,朝には少し首を寝違えてしまった.翌晩も同じ作り方でもう一度チャレンジしたが,朝になると少しだけ吐き気がした.(中略)
 その後,(毎日ではないが)折に触れ,お皿型の縁の高さを調整しては試し,試しては調整を加え,今では気持ちよく眠れるベッドの形を作り出せるようになっている(もう寝違えたりはしない).
 しかし,布団に工夫を加えた寝具は,会心の出来というわけではなかった.できればもっと,チンパンジーのベッドで感じた心地よさに近づけたい.そう思いながら日々は過ぎていったが,そんなある日,睡眠文化研究会の重田眞義さんと鍛冶恵さんに誘われ,睡眠文化セミナーで発表する機会をいただいた.2015年5月19日のことだった.そして,その発表を聞いてくださった株式会社イワタの岩田有史さん,今田真紀子さん,東南西北デザイン研究所の石川新一さんと意気投合し,チンパンジーのベッドを参考にしたベッドを作ろうというプロジェクトがはじまった.(pp.190-192)

 

座馬研究員が睡眠文化セミナーでいったいどんな発表をしたのかがものすごく気になります.自室の寝具をあーでもないこーでもないと試行錯誤したことを話したのでしょうか?

いずれにしても時は動き出しました.京大「人類進化ベッド」は京都大学総合博物館で開催中の「ねむり展」(2016年6月26日まで)で公開されています.座馬研究員の研究成果の一つが実現したのです.

なぜ「人類進化ベッド」?


しかしながら,なぜベッドの名称が「人類進化ベッド」なんでしょうか?

本書にはこうとしか書いてありませんでした.

ベッドの名前は人類進化ベッド,初期人類が眠っていたベッドにも想いを馳せたベッドだ.ただし作るのは「復元」ではない.今の私たちのためのベッドである.再現するのは「寝心地」であり,作るのは人類が積み重ねてきた技術だ.(p.192)

 

人類進化とは生物としての人類の進化だけではない,という意味も込められているのかもしれませんが,再現」するのはタンザニアの木の上で座馬研究員が横たわったチンパンジーのベッドの寝心地に他なりませんストレートに「チンパンジーベッド」みたいな名前でも良かったのかな,とも思いました.

 

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出典:http://digital.asahi.com/articles/photo/AS20160528000812.html

 

なお,『チンパンジーは365日ベッドを作る』の内容についてはあまり触れずにここまで書いてしまいました.もちろん,「人類進化ベッド」についてだけ語っているわけではありません.

野生チンパンジーが作るベッドに登ったとき,ベッドがどのように作られているのかその構造を分析したり(「第2章チンパンジーはベッド職人」,ある例では34本もの枝を折ったり曲げたりして組み合わせるとのこと),ベッドの上で夜休んでいるチンパンジーの寝相(!)を赤外線カメラで捉えようと一晩中単独での夜間観察を敢行したり(「第4章寝姿いろいろ」)します.

きっと,日中,チンパンジーを観察して毛づくろい行動なんかも観察しているとは思いますが,いわゆる野生動物の調査について頭に浮かぶ一般的なイメージとはだいぶ違う,実にチャレンジングな様子が生き生きと描写されています.

 

おわりに


ヒトは,人生の半分近くを眠って過ごします.では,ヒトはいつから地上で,そして家で眠るようになったのでしょう?

もしかしたら,樹上生活よりも地上生活に適応したせいかもしれないし,人類の祖先が森林よりも木が少ない,つまりベッドとして利用できる木が少ない環境のすなわちより乾燥したサバンナに進出したためかもしれないし,火を扱うことによって捕食者に対抗できるようになった頃からかもしれません.いずれにしても,樹上ではなく地上で睡眠をとるようになった人類は樹上生活という制約から解き放たれて生活範囲がぐっと広くなった,つまり,「眠る場所がある程度自由になったことが,その分布拡大の能力を高めたのだろう」と指摘しています(pp.194-197).

私たちが「どこで睡眠をとるのか」について,人類の進化の歴史の中で樹上から地上に転換した時期があったはずです.

現在のヒトは,地上で眠る性質を「いつの時代」からか受け継ぎ,ベッドや布団やハンモックなど様々な寝具を用いて今日も眠りにつきます.研究が進展すれば,それがいつの頃からのことだったのか,そのきっかけはなんだったのか,そしてその理由がなんだったのかが明らかになるのかもしれません.

そんな研究成果が本になったら,「人類進化ベッド」に横になりながら読んでみたいと思いました.


ではまた!

座馬研究員の対談とサイン会が開催されるとのことです.
http://www.iozon.co.jp/wp/wp-content/uploads/2016/05/abdfc582d4f705edfc671b6cf75146de.pdf

2016年6月18日(土),16:30開演,丸善京都本店地下2階特設会場,先着30名様.お近くにお住まいの方は行ってみても良いかもしれません.