おまきざるの自由研究

好奇心の赴くままに

素晴らしき昆虫細密画の世界:熊田千佳慕『ファーブル昆虫記の虫たち』

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はじめに

まずはこの絵をご覧下さい.

オオモンシロチョウ

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イタリアバッタ

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 そしてスカラベ(フンコロガシ)

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スカラベでピンと来た方がいらっしゃるかもしれません.

そう,これらの絵はすべてファーブル昆虫記に登場する虫たち(タイトルに書いてありますが)

書き手は細密画による昆虫・生物絵画の第一人者である熊田千佳慕氏です.

『ファーブル昆虫記の虫たち』

絵本のタイトルは『ファーブル昆虫記の虫たち』.


この絵本は5巻まであります.5巻の初版第1刷発行が2008年9月23日.その翌年8月13日に熊田氏はご逝去されました.

ペンネーム熊田千佳慕(以下クマチカ先生),本名熊田五郎氏は1911年,現在の横浜市中区住吉町生まれ.耳鼻科医の父と詩人の兄がともにファーブル好きで幼少の頃から虫の話を聞かされていたそうです.

 幼年のころは,学校から帰ると勉強なんかそっちのけで,近くの横浜公園や山手公園へ飛んでいき,大好きな虫や花と遊ぶのが私の日課でした.私にとって,この2つの公園が,町の中でのフィールド・ウォッチングの場だったのです.
 父はそんな私を叱ることなく,ファーブル先生の話をしてくれたのです.私の父は,明治の末期に欧米で医学を修めてきた人でしたから,『昆虫記』のことはとても詳しく知っていました.そして,このころから私の胸の中でファーブル先生のお名前が次第に強く,そして大きくなっていったように思います.
 父が往診に出かけてしまったときなどは,よく診察室に飛び込み,ファーブル先生気取りでいたずらをしたものです.あるとき,ドイツ製の顕微鏡を取りだしていじっていたのですが,片づけることができなくなって,べそをかいてしまったという思い出もあります.
 また,詩人でフランス語に優れていた長男の精華も,ファーブル先生を敬愛していましたから,よく虫の話を聞かせてくれました.
 そんなわけで,私はとても恵まれた環境で育つことができたのです.当時,ファーブル先生のことを知っている人は実に稀だったのですから.
(1巻,p.38)

 

ファーブル先生ことジャン=アンリ・カジミール・ファーブルはフランスの博物学者(1823年12月21日-1915年10月11日).『ファーブル昆虫記』の作者です.

クマチカ先生が「70歳になるのを機に取り組み始めたライフワークが,ファーブル昆虫記に登場する虫の絵を100枚描くこと(出典:http://www.nhk.or.jp/archives/nhk-archives/past/2009/h091010.html)」でした.『ファーブル昆虫記の虫たち』は,ライフワーク道半ばでの遺作です.

美術について無教養な私が絵について語るのはおこがましいので,NHK日曜美術館の解説を一部引用します.

昆虫の細かい毛や,植物の葉脈一歩ニッポンにいたるまで,丁寧に描かれたその細密画の数々.イタリア・ボローニャ国際絵本原画展で「クマダの虫は生きている」と高く評価され,日本人初の入選を果たした.
 生きて動き出すかのような絵は,実はたった一本の筆に少量のありふれた水彩絵の具のみで描かれている.熊田は,虫を徹底的に見つめ,「虫の心まで見極めた」と感じた時,はじめて一本の線を引く.徹底した徹底した観察にもとづく細密描写は、「小さな人たちに見せる絵にうそがあってはならない」という信念から。あまりに絵が細かいため制作はなかなか進まず、 結果その暮らしぶりは、生涯清貧と言えるものだった。(出典:私は虫である 画家・熊田千佳慕の世界|NHK 日曜美術館

 

また,次のようにも紹介されています. 

熊田さんのモットーは,「見て 見つめて 見極める」.虫の目線で観察を重ね、来る日も来る日も筆の毛先だけを使って紙の上の虫に生命を吹き込んでいく。1枚の絵を仕上げるのに、2~3年かけることもめずらしくなかったという。こうして描き出されたのが、今にも動き出さんばかりの昆虫たちだった。(http://www.nhk.or.jp/archives/nhk-archives/past/2009/h091010.html)」

 

たった一本の筆に少量のありふれた水彩絵の具のみで,ときには1枚の絵を仕上げるのに、2~3年もかける類い希なる細密画の巨匠による渾身の作品たち.

 

このエントリーでは,『ファーブル昆虫記の虫たち』各巻の目次および最初と最後の絵の一部だけ紹介させていただきます.今にも動き出さんばかりの虫たちの躍動感や生命力が少しでも伝われば,と思います.

各巻の紹介をちょっとだけ

1巻

ハナムグリ
センチコガネ
オオクジャクサン

<ハナムグリ(p.3)>

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<オオクジャクサン(p.30-31)>

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2巻

アラメジガバチ
シマコハナバチ
キバネアナバチ

 

<アラメジガバチ(p.3)>

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<キバネジガバチ(p.30-31)>:キバネジガバチが地中を堀り進んでいます(右ページ).地中にはコオロギの幼虫の部屋があります.母バチはこの中の1匹に卵を生み付けます.卵から孵った幼虫はコオロギを食べ,繭を作り,蛹になります.f:id:browncapuchin:20160609160601j:plain

3巻

ウスバカミキリ
オオモンシロチョウ
トネリコゼミ

<ウスバカミキリ(p.3)>

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<トネリコゼミ(p.30-31)>:枯れた小枝に産卵管を差し込み,卵を産み付ける様子.下から上へと移動しながら卵を産み付けるのに5〜7時間もかかるとのことです.

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4巻

フンコロガシ
ショウブヒトツメゾウムシ
キンイロオサムシ

<フンコロガシ(p.3)>

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<キンイロオサムシ(p.30-31)>:産卵の様子です.

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5巻

甲虫の仲間
カメムシの仲間
バッタの仲間

<甲虫の仲間の幼虫(p.3)>

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<イナカコオロギ(p.30-31)>:「恋のセレナーデ」というタイトルの絵です.

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おわりに

クマチカ先生への最後のインタビューは2009年8月12日〜8月24日にかけて東京・松屋銀座で開催された展覧会の前に収録されたものと思われます.

 

wedge.ismedia.jp

展示作品で「どれかひとつ」を,いうことで選んだのが「天敵」(4巻p.28-29).

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この絵はガマガエルに食べられそうになったオサムシを描いたものなのですが、描いているうちにどうしてもそのオサムシを助けてあげたくなったのです。私はとっさに、ガマガエルの視線をそらすために、一匹のミツバチを描き入れました。「私は虫であり、虫は私である」と悟った瞬間でした。以来、自然は自分のためにあり、自分は自然のためにあるということをつくづく実感し、この世界を絵で描き続けていこうと思えるようになったのです。(出典:http://wedge.ismedia.jp/articles/-/474?page=2).


各巻の巻末には,それぞれの絵について解説が付されています. このシーンはファーブル先生がこう観察していた,ファーブル先生はこの虫のこういうシーンを観察するためにこの植物を残していた等々をクマチカ先生ご本人が書いています.『ファーブル昆虫記』をあわせて読みたくなりました.

以前こんな記事も書きましたが,虫が好きかと言われたら,正直言って好きではありません.特にこれは.

browncapuchin.hatenablog.com

大の虫嫌いである母親の影響が大きかったんだと思います.親が虫に対してどう接していたのか,というのを子どもながら観察していたんですね.

我が子を"虫愛づる姫君"に育てようとは思いませんし,私自身今さら虫好きにはならないと思います.

そんな自分でも,この絵本は1ページ1ページを細部に至るまでずっと眺めていたくなります.実はこの絵本,家人が数年前に揃えていたにもかかわらず,初めて手にしたのはつい先日のこと.

何気なく絵本を開いてみた瞬間,一枚一枚の絵に魅入ってしまいました.どうやったらこんな細部まで緻密な絵を描けるのだろう?描いたのはどんな画家なんだろう?

どうしてもっと早く見ようとしなかったのか,反省することしきりです.こんな良いものが本棚に眠っていたとは・・・もっと早くクマチカ先生の絵を知っていたら,人生がほんのちょっぴり豊かになっていたかもしれません.何がどう豊かになるかはまだわかりませんが.

もし機会があったらぜひ書店でこの絵本とクマチカ先生の作品たちを手に取って見てほしいと思い,このエントリーを書きました.

ではまた!

 

 

 

 

ファーブル昆虫記の虫たち〈2〉 (Kumada Chikabo’s World)

ファーブル昆虫記の虫たち〈2〉 (Kumada Chikabo’s World)