おまきざるの自由研究

好奇心の赴くままに

『自由、多すぎませんか? 京大総長,入学式の式辞で「自由」をなんと34回も』の産経記者は式辞に込められたメッセージこそ伝えるべき

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(スクリーンショットです)

はじめに

産経新聞が,2016年京都大学入学式の式辞の記事に,「自由」をなんと34回もいう見出しを付けました.目の付け所がシャープです.

案の定,記事がホッテントリ入りしました.ネガコメのオンパレードです.

b.hatena.ne.jp

Twitterでも「京都大学 式辞」で検索すると惨状が露わになります.

肝心の産経記事ですが,わざわざ「自由」の登場回数を数え,見出しで「34回は多すぎませんか?」と疑問を投げかけたにもかかわらず,記事中でその疑問に一切触れていません.

まるで悪意があるかのような見出しです.そんなに「自由」が嫌いなんでしょうか?

 
自由が含まれる記事の文章は次の部分です.

約20分間のあいさつで、山極総長は京大の学風である「自由」の言葉を34回用い、「自由は他者との共存を希求するなかで、相互の了解によって作られるもの」と紹介した。
 
千葉県出身で、文学部の吉田朱里(あかり)さん(18)は「総長の自由の言葉が印象に残った。中東やイスラムの歴史を学びたい」と新生活に期待を膨らませた。


すぐリンク切れするかもしれませんので,スクリーンショットを貼っておきます.

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産経記事へのリンクはこちらです(自由、多すぎませんか? 京大総長、入学式の式辞で「自由」をなんと34回も - 産経WEST).


ところで,式辞の中でには「大学」が41回,「京都」が35回登場します.

平成28年度学部入学式 式辞 (2016年4月7日) — 京都大学


どうせなら「自由」以上の頻出ワードを用いて,タイトルを『大学,多すぎませんか?京大総長,入学式の式辞で「大学」をなんと41回も』にすれば良かったのに.

 

それはさておき,タイトルで煽っているにもかかわらず,山極総長が式辞で「自由」を34回も使う必要があったのかについて記事では一切ふれていません.

総長は学部入学生の式辞でどのように34回の自由を用いたのでしょう?気になります.

でも,その前に大学院生への入学式式辞について見て頂きたいです.

2016年大学院生入学式式辞のテーマは「研究」

2016年の大院生の入学式式辞に,「自由」は1度しか登場しません.

代わりに「研究」が29回登場します(研究所等の紹介も含む).

当然ですが,大学院生が大学院でなすべきことは研究者になるための修行.式辞のテーマが「研究」になるのはごく自然なことでしょう(大学院でフリーダムを求められても困りますし)

さて,今年の式辞で耳目を集めるのは,総長自らのゴリラ研究を,かなりの時間を割いて紹介したことです.

山極総長のゴリラ研究は有名です.現在,総長と彼の研究チームはアフリカのガボン共和国で研究フィールドを維持しています.でも,ガボンでの研究はこれまで総長が行ってきたマウンテンゴリラやヒガシローランドゴリラの研究とはレベルが違います.

何が違うかというと,ニシローランドゴリラという,ゴリラの中でも調査が最も困難な種を対象としたことです.ニシローランドゴリラは,当時,生態がまだ良く分かっていませんでした.調査が進んでいないため,研究の蓄積があまり無かったのです.先行研究を参考にしながらの調査があまりできないので,手探りで調査を行わなければなりません.

さらにニシローランドゴリラのみならずチンパンジーも生活している(同所的に生息している)場所を探し当ててフィールドとして選びました.ニシローランドゴリラとチンパンジーの間の関係,すなわち種間関係を明らかにすることをも研究テーマの一つに据えたのです.

つまり,研究の蓄積がないニシローランドゴリラの研究だけでも大変なのに,ニシローランドゴリラとチンパンジーという2種の大型類人猿が一緒に生活している場所での研究を当初から目指したのです.

そして,山極総長以下チームの長年の努力は,両種の観察を可能にしました.2種の大型類人猿が共存している調査地での研究はほとんどなかったと思います.たいへん画期的なことなのです.

式辞にはこうあります.ちょっと長いので,一部省略したものを引用します(以下,強調部分はすべて筆者が付けました).

私たち観察者が後を着いて歩くのをゴリラが気にかけないようになり、ついには群れの中に入っていっても普段の暮らしを乱さないようになって、初めてゴリラの自然な行動を記録できるようになるのです。ここまでふつうは5年以上かかります。(中略)たとえば、食物を分配する行動はチンパンジーでよく知られていましたが、ゴリラでは報告されていませんでした。でもそれは、これまで調査されていたゴリラが高い山にすむマウンテンゴリラで、甘く栄養価の高いフルーツが実らない環境条件にあるからだと私は思っていました。近年、アフリカ低地の熱帯雨林にすむローランドゴリラの調査を始めると、チンパンジーと同じ ように多種類のフルーツを食べることが分かってきました。私は、低地のゴリラたちがきっと食物を分配しているに違いないと思い、何とかその場面を見られないものかと期待しながらゴリラを追いかけていました。そして、ある群れのゴリラたちと付き合い始めてから6年目に、ゴリラたちが(中略)フルーツを分けて食べるのを観察することができたのです。(中略)しかし、そのシーンを写真に撮ることに成功したものの、ゴリラの分配行動について論文を仕上げるにはそれからさらに4年の歳月が必要でした。その後、調査をともにした仲間たちが見たゴリラの分配行動と合わせて状況を分析し、チンパンジーや他の霊長類の報告と比較しながら、ゴリラの分配行動の進化史的意義を検討しなければならなかったからです。それは楽しい作業でしたが、時にはとても辛抱や忍耐を要することでもありました。でも、私は自分が見たことは世界中でまだ誰も体験したことがない現象であることを知っていました。その意味を明らかにし、公表することは私たちの義務であると感じていたのです。それは、一般の人々にとって何の意味もない、取るに足らないことかもしれません。しかし、ひょっとしたら私たちの発見がゴリラの進化に関するこれまでの常識を変え、ゴリラと共通の祖先を持つ私たち人間に対する理解を変えるかもしれないと私は思っています。

 

研究成果について興味をお持ちになった方はぜひこちらを参照ください(野生のゴリラにフルーツを分配する行動を発見 — 京都大学).

 

式辞では,大学院生の中でも特に博士後期課程(いわゆる博士課程)大学院生への言葉として,上記のような総長自らのゴリラ研究を引き合いにし,彼らに大学院で「真理を探究」することの重要性を伝えています.

平成28年度大学院入学式 式辞 (2016年4月7日) — 京都大学


このように,山極総長の式辞は「誰に何を語るのかというターゲットと目的が明確である」ことがおわかりだと思います(当たり前のことではありますが)

 

なお,式辞を聞いた院生の感想は総長のゴリラ研究の体験談とか本当に感動します.でした.

 

baby-steps.hatenablog.com

 

さて,一方の2016年学部生入学式式辞の目的は何でしょうか?もちろん「自由」です.

産経記事には「自由は他者との共存を希求するなかで、相互の了解によって作られるもの」と書いていましたが,大切なのはそこではありません

 

2016年学部生入学式の式辞テーマは「自由」

学部生への式辞には,ずばりこうありました.

「自由とは、 自由の学風とは何でしょうか。」

「自由」の説明には,ルソーの思想の基づくフランス国旗の青の自由から始まり,詩人ポール・エリュアールの「自由」という詩の引用,京大が発祥である日本の霊長類学のパイオニア(今西錦司・伊谷純一郎)の考え方を紹介しました.

産経記事の引用は伊谷の仮説に対する山極総長の考えを切り取ったものです.

創始者の今西錦司は、人間の社会と動物の社会は進化の中で連続していることを説き、動物の社会を成り立たせている原理から人間の社会が創られた進化の過程 を描き出す重要性を強調しました。弟子の伊谷純一郎は、ルソーの「人間不平等起源論」に疑義を唱え、サルの段階ですでに先験的な不平等による社会が成立し ており、人間の社会はその不平等の上に条件をつけて平等を実現させようとしたという仮説を立てました。わたしはそこに、自由は勝ち取るものではなく、他者 との共存を希求するなかで、相互の了解によって作られるもの、という発想を読み取れると考えます。


式辞では,こう述べたあとで日本国憲法第14条を用いました.

繰り返しますが,ここまではあくまで「自由」についての説明です.重要なのはここからです.

「自由の学風」の前提である「学問の自由」についての説明は以下の通りです.

学問については、 第23条で「学問の自由は、これを保障する」と謳っています。では、「学問の自由」とは何でしょうか。それは、「考える自由、語る自由、表現する自由」だと私は思います。京都大学は、「多様かつ調和のとれた教育体系のもと、対話を根幹として自学自習を促し、卓越した知の継承と創造的精神の涵養につとめる」 ことを伝統としています。自学自習とは、ただ講義を聞くだけでなく、自分で考えるだけでなく、多くの人々と対話をするなかで自分の考え方を磨くことを意味し、その上で創造性に満ちた新しい発想を世に出すことが求められているのです。まさにこれは、「思考力、判断力、表現力」を自由の名のもとに鍛える学びの場であるということなのです。京都大学はその学びの場を提供するとともに、自由の学風のもと、多元的な課題の解決に挑戦し、地球社会の調和ある共存に貢献 すべく、質の高い高等教育と先端的学術研究を推進してきました。(以下略)


「学問の自由」とは「考える自由、語る自由、表現する自由」であり,京大は自由な学風のもと「思考力、判断力、表現力」を自由の名のもとに鍛える学びの場を提供すると述べています.これこそが式辞の核心部分であり,もっとも伝えたいメッセージではないでしょうか?

 

ここで,34回用いた「自由」の内訳をみてみましょう.


1.京大の基本理念たる「自由な学風」の前提である「個人の自由」およびその説明に必要なフランス国旗の青の自由に14回
2.ルソーからポール・エリュアールにかけての思想としての自由に7回
3.京大から生まれた学問である霊長類学のパイオニアの考え方の説明に3回
4.日本国憲法の引用に2回
5.学問の自由に6回
6.京大の標語WINDOWの説明に2回(昨年の式辞と同じ)


式辞のテーマが「自由」である以上,32回のうち(6の標語についての2回は昨年と同じなので除外),自由に関する歴史的経緯の説明に大部分81.2%(26/32)を費やしても何ら不思議ではありません.

学部の入学式式辞は昨年も今年も約6,100〜6,200字です.おそらく草案はもっと長かったでしょう.

文章の推敲はたいてい字数を削る作業のほうがしんどいです.だから,
産経新聞に「自由,多すぎませんか?」などと言われる筋合いは微塵もなく,むしろこのボリューム(たった34回)によくぞまとめたものだと,私は思いました.

 

山極総長の本音とは?

山極総長は,「大学の存在意義とは?」というインタビューにこう答えています.

学生たちは4年間なり9年間なり、大学で勉強するという特権的立場にあるわけです。そこで何を考えてもいい、何を討論してもいい、そういう所が世間から少し離れた場所にあるということが重要だと考えます。今の世間というのは、現実の損得勘定が優先し、それに反すると遅れてしまったり損をしてしまったり、あるいは苛められたりしますが、そういうことは大学では起きないように守られているわけです。その自由な場での発想が次の社会を、世界をつくる。それが大学の存在価値だと私は思います。

 

「世間から少し離れて、自由に議論が出来る場。その発想が次の社会を、そして世界を創る」(12の質問からわかる総長の本音とは!?のQ6見出しのまま)

 

www.kyoto-u.ac.jp

 

山極総長が「学部学生には自由に学問をできる場を提供するのが自分の使命」と考えていることは,HPをちょっと見ればすぐわかります.今回の産経記事からは,記者がろくに下調べもせずに記事を書いているようにしか思えませんでした.

 

なお,山極総長は,自ら望んで総長になったわけではありません.

山極教授が総長になった経緯については,総長選の模様がネットにも流れてくるほど.何しろ,学生(院生)たちが,山極教授に投票しないようビラを貼りまくるという,「掟破りの逆選挙」を仕掛けたくらいでしたから.

 

www.j-cast.com

 

山極総長は,日本の霊長類学者ではゴリラ研究の第一人者であるとともに,国際霊長類学会会長を務めたこともあるなど,世界でも有数のゴリラ研究者です.そんな人を総長にしたら研究どころではなくなります.

山極教授は研究者として教育者として、学生や京大職員からの評価が高いらしい。それならば総長に適任だと考えられるのに、「山極教授に投票しないで」と書かれたビラで京大中の掲示板が埋め尽くされてしまった。なぜかといえば、山極教授はニホンザルやゴリラの研究に40年以上取り組んできた「霊長類研究の宝」であり、総長になって研究職を退いてしまったら世界の霊長類学、ひいては京大にとって大きな損失になる、という理由からなのだという。だから総長には ならずにずっと研究に打ち込んでもらいたいし自分たちを指導し続けてもらいたいのだそうだ。(上記JCASTニュースより)

特に,総長になって科研費を申請できなくなると(総長が申請できないのかどうかわからなかったので,ご存じの方がいらっしゃいましたら教えてください),アフリカの調査基地(当時も今もガボン)の維持が困難になります.そうなれば,そこで研究している院生にとっては死活問題です.科研費とは関係ない院生だって指導を受けているでしょうから,自分の研究が滞ってしまうかもしれません.いずれにしても彼らは困るのです.

でも,結局,山極教授は総長になりました.院生たちのリーダーではなく,京都大学のシルバーバックになったのです.

ゴリラの集団では,オトナの雄は集団のリーダーです.白い毛をした背中をもつようになることから「シルバーバック」と呼ばれます.シルバーバックは集団を守ります.

京大のシルバーバックとなった山極総長は,2016年の学部入学式式辞に「京大の自由な学風とともに学生を守りたい」という思いを込めたのだと思います(違うかもしれませんけどね)

 

ちなみに,昨年の学部入学式式辞のテーマは「国際化」.「自由」は3回しか使われませんでした(うち2回は標語WINDOWに使用したので,実質1回).

平成27年度学部入学式 式辞 (2015年4月7日) — 京都大学


もしかしたら産経の記者は昨年の入学式式辞にも取材に来ていて,今年の式辞はやたら「自由」が多いなと思ったのかもしれません.

でも,新聞記者の仕事は式辞に言葉が何回使われたのかを数えることではなく,なぜ式辞に「自由」という言葉がこんなにもちりばめられているのか,そして「自由」という言葉によって紡がれた式辞にどんなメッセージが込められているのかを読者に伝えることだと思いました.以上.


ではまた!

 

こんな記事を書きました.

browncapuchin.hatenablog.com