おまきざるの自由研究

好奇心の赴くままに

ゴキブリは足に耳,胃に歯,そして脳を2つ持つ:【書評】ゴキブリ大全

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南米の森でジャ○カレーの箱を開けたらゴキブリが出てきた

若い頃,仕事で南米に数ヶ月滞在してました.

滞在先は外装エンジン付きカヌーでしか行くことのできない川沿いの森の中,一般的な呼び方をすればアマゾンのジャングルの中です.簡素とはいえ必要十分な生活機能を備えたキャンプがあり,キッチン棟,宿泊棟,シャワー(川の水をポンプで汲み上げ)までありました.

もちろん炊事用水は玉砂利使って濾過した雨水,電気はたまに発電機(基本はロウソク),ガスはプロパンを運搬してやりくり.電気・ガス・水道が完備されてる町のような生活とはいきませんが,それなりに快適でした(あくまで私にとっては,です). 

食生活はまあまあ豊かで,スタッフが釣ってくるピラニアなんかもたまに食しておりました(素揚げがやたら美味しかった.小骨が多いのには閉口したけど).

私は大学の後半から料理を始めていたのでどこにいようと自炊は問題ありません.長粒種のお米を炊くのにちょっと戸惑った程度.まな板の無いキャンプで野菜を切るのがちょっと面倒でしたが,当時大好きだったジ○ワカレーのルーを日本から持参して,料理当番の日にカレーを作りました.ちょっと辛いので現地スタッフには不評でしたが・・・

ここからが前置きの本題.

キッチンには網のついた戸棚が据え付けてありました.そこに,半量のルーを使った○ャワカレーの箱を,ちゃんと蓋して大事にしまっておきました.

数日後,たまたまキャンプで一人きりになった時,残ったルーでまたカレーを作ろうと思い,ジャワ○レーの箱を手に取りました.

ふつうに蓋を開け,ふつうにルーを取り出すと・・・・平べったいアイツが一緒に登場しました.思わずビビって箱ごと放り投げてしまったのは内緒です.

というわけで,南米の森でジャワカレー(書いちゃった)の箱を開けたらゴキブリが出てきた,というなんだかとってもやな感じ『ゴキブリ大全』の書評を始めます.

 

ゴキブリ大全

前書きにはこう書いてあります.

私が書いたこと,私が参照した科学者や観察者の言葉を読めば,地球で最も忌み嫌われている生き物である,我が友ラ・クカラチャのことがもっとよくわかり,好きになれると思う.そうしてこそ人ははじめて,この生き物ー地上で最も古い,最も成功を収めた生物との,意味ある平和な関係を築くことができるのだ.

 

ラ・クカラチャは「メキシコ民謡.ゴキブリの意」(p.12より)です.初めて知りました.

書店で手に取り,買うか買うまいか迷ったこの本の表紙には,見た目も触感も本物そっくりな,それはそれはとても丁寧な装丁が施されています

 

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そう,実によくできたゴキブリが表紙カバーにのっかっているのです.知らない家人が見たら,ティッシュの箱で叩きそうなほどの出来映えです.

 

装丁からしてこんな具合です.内容は・・・実に詰まってますねえ.著者はデヴィッド・ジョージ・ゴードン.ただ者じゃありません.

David George Gordon(デヴィッド・ジョージ・ゴードン):アメリカの生物学者。虫の調理法や北アメリカの自然についてのガイドを多数執筆。動物園、水族館のアド バイザーとしても活躍している。日本語訳された著書に『タランチュラのからだ』(講談社刊)。出典:http://www.news-postseven.com/archives/20141010_280219.html

ご本人のWebサイトに行くと,ご自身のことを"The Bug Chef"(虫シェフ)と呼んでいます.

画像や虫料理のレシピの転載には許可が必要とのことなので割愛しますが,タランチュラの天ぷらなんてレシピがありました(Recipes – David George Gordon ).

そんな,虫愛ずる姫君ならぬ虫食う人びとのてっぺん近くに鎮座するおじさんが書いたのが『ゴキブリ大全』です.

 

ゴキブリ大全 新装版

ゴキブリ大全 新装版

 

 

目次

目次は以下の通りです.

第一部 ゴキブリの基礎知識
1 ゴキブリとは何か
2 彼らはどこにいる(いない)のか?
3 3億4000万年の歴史
4 ゴキブリはどのように人間生活に影響を与えているか?

第二部 性,食事,死
5 すべてはこうして始まる・・・・・・
6 ゴキブリの移動手段
7 美食
8 蜂,猫ー危険がいっぱい

第三部 ヒトとゴキブリの出会い
9 人間の文化におけるゴキブリ
10 ペット及びコレクションとしてのゴキブリ
11 ゴキブリを制圧できるか

 

ゴキブリに関する形態・生理・行動・繁殖生態・採食生態・捕食者・歴史・考古学・文化・芸術・グッズ・愛玩動物・ヒト-ゴキブリ関係・産業への応用・対ゴキブリ兵器などを網羅しています.まだ著者が把握していない事柄もあることを著者自ら指摘し,本書は「完全」ではないが『「大全」なのは確かだ』(p.14)と述べているのもうなずけます.

忌み嫌われるゴキブリ

ところで,ゴキブリはなぜ忌み嫌われるのでしょう?

理由の一つに,ゴキブリが病原菌を媒介というものがあります.これは想像しやすいです.

ゴキブリが病気を伝達する方法はかなり単純なものだ.病原体はゴキブリの外皮に付着し,ゴキブリが歩いたところや直接触れたものすべてにまき散らされる.(中略)

「ゴキブリの行動でおっともおぞましく,かつ危険もはらむ特徴は,消化された食べ物の一部をもどし,糞をところかまわず,時には餌を食べている間にも垂れ流す習性かもしれない」(pp.100-101より)


ゴキブリは体に触れたものと体内から排出するものの両方を運ぶのに実に好都合な体を手に入れました.ただし,その作りはおよそ3億4千年前からそれほど変わっていないようです.しかも,その頃の地質年代すなわち石炭起における昆虫の約40%はゴキブリが占めていたらしい.つまり,ゴキブリは人類が誕生するはるか以前から生物界における「成功者」だったといえます.

そんなゴキブリのもつ体の特徴をあげなさい,と言われたら,あなたは何と答えるでしょう?

平べったい体をしている足に棘があるなんでも食べるすぐにヒトの存在を感知するやたらすばしっこい,などなどでしょうか.

すべて正解です.6本の足には棘がたくさんあるだけじゃなく,足の先には爪もあります.これらが引っかけ針のように働くので,垂直な壁だって平気で登ります.しかも,粘着性のある特殊なパッドまでついています.見事な作りをしています.

体はキチン質という軽い外骨格で覆われています.昆虫の筋肉はヒトよりも多く,自分の体の20倍以上のものを引っ張ることができるそうです.

胃の中にさえ歯がついてます.歯というのは,歯の形状をした突起物.もちろん口が付いていて食べ物は口(口孔)でかみ砕かれますがさらに胃(前胃)の歯状突起でも細かくなり,さらに消化されやすくなります.無駄が減ります.

さらに,頭と尾に脳があります(頭に2組,尾に一つの神経球).尾から受け取った神経刺激が直接足に伝わり移動開始するまでわずか0.045秒.ゴキブリを叩こうと新聞紙やティッシュ箱で武装しアタックする前に,こちらがとった攻撃態勢から生じた微量の風をゴキブリが感知すれば,叩くより早く回避されてしまうのです.それに,頭と胴体を切り離しても自律して活動できるとのことです.出血多量で死なないようにすれば首なしゴキブリは餓死するまで数週間生きながらえるそうです(p.39).ものすごい生命力です.

ちなみに,ゴキブリの耳は足についています.耳は膝下器官と呼ばれていて,足の膝に相当する部分の関節にあります.もちろん,2,000個ものレンズを持つ複眼に加え,あの気味悪く動く触覚には130もの節があって各節が外界の温度・動き・匂いなどを感じ取っています.実に優秀なセンサー群を持ち合わせているのです.


ワモンゴキブリの移動速度は秒速約1.5m.これは,このゴキブリが1秒間に自分の体の長さの50倍の距離を進むことができる速度.なんとチータの最高速度・時速88kmの3倍に相当するとのこと.カサカサと素早く移動するのもうなずけます.

知能も高いようです.研究室の実験によれば,訓練されたゴキブリは1日もあれば曲がり角がいくつもあるルートの道順を覚えてしまいます.

ゴキブリは,繁殖力も高いです.1976年に行われた研究によれば,10組のチャバネゴキブリ成虫から始めた子孫繁栄の記録は,7ヶ月で5万1,000匹に到達しました.

それでも役に立っている

敵に回すと非常にやっかいなゴキブリたちですが,自然に暮らしているゴキブリたちは生態系の中で大切な役割を果たしています.特に熱帯には「野生」のゴキブリがたくさん生息していて,枯葉や動物の死体を処理して養分を土壌に戻す分解者として,あるいは他の動物への食料供給源(食べられてしまう)として,さらには花粉を媒介する送粉者として日々任務をこなしています.

 

人間社会でも貢献しています.米国S.C.ジョンソン社(カビキラーやパイプユニッシュなどの商品で知られるジョンソン社は日本法人)では1週間に8万匹以上のゴキブリを飼育し,他社に供給しています.ゴキブリの用途は薬理学・免疫学・分子生物学などの実験動物,もちろん,ゴキブリ自身を殺虫するためのテストにも用いられます.

それ以外にも,オーストラリアのアボリジニはゴキブリを生食するなど,食物メニューに採用している人びともいるとのことです.

ペットとして飼育する人もいます.1996年と古いデータですが,マダガスカルゴキブリ1匹が7ドル50セント,3匹だと19ドル50セントとちょっとお得な値段で販売されています(マダガスカルゴキブリ2匹と飼育器一式のセットは28ドル95セント).

メキシコ民謡『ラ・クカラチャ』

ところで,この本では4ページほども『ラ・クカラチャ』というメキシコ民謡について記述されています(pp.115-119).それほどむこうの人にとって馴染みの歌なのでしょう(日本でも「みんなの歌」で『車にゆられて』というタイトルで放送されていたようです)

それによると,この歌はチャーリー・パーカー,101ストリングス・オーケストラ,ルイ・アームストロングなどのミュージシャンによって30以上ものバージョンがレコード化されているとのこと.

『この歌は1910年頃,つまりメキシコ革命が始まった頃,軍事行動に出ていたフランシスコ・「パンチョ」・ビリャ(筆者注:ホセ・ドロテオ・アランゴ・アランブラのこと)の熱烈な支持者たちが作ったものだ.このタイトルはただゴキブリだけを指しているわけではない.「クカラチャ」という語には,もう一つ,スラングとしての意味ー「ひからびた子役人」ーもあり,この意味でビリャの一番の強敵ベネスティアノ・カランサ将軍のあだ名でもあったのだ』

ところで,古代ローマ人はゴキブリを「ルキフギア(ゴキブリやネズミなど日光を避ける夜行性の有害動物全般を指す言葉)」と呼びました.英語のコックローチは1624年に「スペイン人がカカローチ」と言っていたとの記録が由来らしいですが,スペイン人は「こういった昆虫をクカラチャ cucarachasークコ cuco'あるいはクカ cuca(虫)の指小語(筆者注:指小辞にアチャ acha(卑しい,または卑しむべき)を組み合わせた呼び名ーと呼んでいた」とのことです(p.31).

「カカローチ」は後に「コック・ロチェ」から1859年のチャールズ・ダーウィンによる『種の起源』ではすでに「コック・ローチ(cock-roach)」と綴られていました.

言葉の使われ方は時代とともに変化していきます.1900年頃のアメリカでは「コック・ローチ」を縮めた「ローチ」となり,さらに1938年の雑誌『ニューヨーカー』の記事で「つまんで吸う短くなった煙草,または吸いさしは,ローチと呼ばれる」,すなわち「ローチ」はマリファナ煙草を指すスラングであると書かれました(pp.32-33).

このためでしょうか?メキシコ民謡『ラ・クカラチャ』の数あるバージョンの中で最も有名な歌のスペイン語の詞の訳はこうなっているとのことです(p.116).

ゴキブリ,ゴキブリ
歩きたくないだろう
あいつは持ってない
マリファナタバコ


この日本語訳が正しいのかどうかわかりませんでしたので,検索したらこのページにスペイン語の歌詞と邦訳が記載されていました.

f:id:browncapuchin:20160407160431p:plain(出典:ラ・クカラチャ(2): 二木紘三のうた物語

 

ルイ・アームストロングが自らつけて歌った詩は次の通り(p.118).

ラ・クカラチャ,ラ・クカラチャ
歌っておくれ
ラ・クカラチャ,ラ・クカラチャ
古いギターで 

おわりに

なお,巻末の参考資料には米国各地の博物館・動物園・昆虫館や生きた標本を購入できる会社名まで記載されています.ただし,この本『ゴキブリ大全』の原書は1996年に出版されたもの("Tha Compleat Cockroach").最新のデータを用いた第二版が待たれます.

家屋内で最も身近な野生動物の一種であるゴキブリ.本を読んだからと言ってティッシュ箱片手に闘う日々には変わりないですが,相手の反応速度を知ったのでこちらの戦術は少し違ってくるかもしれません.

ではまた!

 
【補足】なお,本書でのゴキブリの分類は5科になっていましたが,Wikipediaでは6科でした(ゴキブリ - Wikipedia).原書出版から20年経ってますので,分類については本書のものを参考にするのではなく,信頼できる最新の情報を入手したほうが良いでしょう.