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2時間5回の射精も子は出来ず?:覚えておきたいニホンザル・オスの性行動

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 (出典:http://blog.livedoor.jp/cpiblog00543/archives/50517174.html

君のお父さんは誰だい?


ニホンザルの集団についてはすでに書いた通り,性成熟したオスとメスが一つの集団に共存する複雄複雌型と呼ばれる群れを形成します. 

生まれる前から決まった人生:覚えておきたいニホンザルの社会 - おまきざるの憂鬱


そして,オスの子は自分が産まれた群れ(出自群)を離れる一方,メスの子はたいていの場合,生涯を出自群で過ごします.オスは生涯でいくつかの群れを渡り歩いたり,群れから離れてヒトリザル(ハナレザルともよばれます)もしくはオス同士でグループを組んで生活したりするようです.

ニホンザルではオス同士の間にもメス同士の間にも優劣にもとづく順位関係がみられます.ということは,マントヒヒのような単雄複雌型の群れとは異なり,群れに複数いるオス同士の間で交尾をめぐる衝突が生じることが予測されます.無論,優劣関係で優位なオスのほうが交尾においても有利になるでしょう.

では,順位の高いオスはそうでないオスよりも交尾の上で有利なのでしょうか?
そして,繁殖の上で有利なのでしょうか?

「交尾の上で有利」とは,より多く交尾することです.
「繁殖の上で有利」とは,より多く自分の子を残すことです.

前者については,高順位オスのほうが低順位オスより交尾回数が多いことが報告されていました.このことから,高順位オスは(より多く交尾できるのだから)より高い繁殖成功を収めているのだろうと考えられていました.

しかしながら,後者については長い間わからないままでした.ニホンザルのメスは複数のオスと交尾し,オスも複数のメスと交尾します.乱婚のため,誰が父親なのかは観察しただけではわからないのです.繁殖成功についてのデータをブラックボックスに仕舞い込んだまま高順位オスが高い繁殖成功をおさめているものと推測していたのです.

そこに登場したのが,DNAを調べることによって子どもの父親をかなりの確度で特定する「父子判定」技術です.

ニホンザルにおいて,父と子の遺伝的関係を明らかにした,まさにパイオニアワークとも言える研究は1990年のちょっと前に始まりました.

このエントリーではそのパイオニアワークのうち,1つの論文を中心に,ニホンザルの交尾行動について紹介します(父子判定技術そのものについてはとても長くなるので割愛します)

 

このエントリーでの論文と書籍


今回紹介する論文はこちらです.

◆『DNAフィンガープリント法によるニホンザルの父子判定』
井上美穂・竹中修 1990年 生物物理Vol.30, No.1

https://www.jstage.jst.go.jp/article/biophys1961/30/1/30_1_33/_pdf

 

この和文論文(というか要約?)についても,英文論文として公表していらっしゃるようです.井上氏が著者のこちらの論文(Japanese macaque microsatellite PCR primers for paternity testing - Springer)の引用文献に,英文論文が2編ありました.

  • Inoue, M., F. Mitsunaga, H. Ohsawa, A. Takenaka, Y. Sugiyama, A. G. Soumah, &O. Takenaka, 1991. Male mating behavior and paternity discrimination by DNA fingerprinting in a Japanese macaque group.Folia Primatol., 56: 202–210.PubMed
  • ————,A. Takenaka, S. Tanaka, R. Kominami, &O. Takenaka, 1990. Paternity discrimination in a Japanese macaque troop by DNA fingerprinting.Primates, 31: 563–570.

 

◆また,井上氏の研究については,立花隆著『サル学の現在』pp.619-644の「DNAがあばいた父子関係」で非常に読みやすく紹介されています.DNAフィンガープリント(指紋)法についての説明はpp.621-633をご参照なさるのが良いでしょう.なお,ページ数はハードカバー版のものです.文庫版は所有していませんが,ハードカバーと同じ構成なら下巻に所収されていると思いますが,購入の際はあらかじめご確認くださりますようお願いいたします.

 

サル学の現在

サル学の現在

 

 

サル学の現在 (上) (文春文庫)

サル学の現在 (上) (文春文庫)

 

 

サル学の現在 (下) (文春文庫)

サル学の現在 (下) (文春文庫)

 

 

方法


井上氏が当時所属していた愛知県犬山市にある京都大学霊長類研究所(以下,霊長研)は日本における霊長類研究総本山の一つ.

その霊長研の生化学研究部門に当時大学院生として所属していた井上氏と生活史研究部門及び社会研究部門(現在は改組されてるようです)による7名の共同プロジェクトチームを作りました.

チームは,霊長研の放餌場で飼育されているニホンザルの一群(若狭群)を対象として1987年10月から1988年2月の繁殖期(注:ニホンザルはだいたい秋〜初冬にかけて繁殖期を迎えます)において,4歳以上のオスが11頭の交尾行動を夜明けから日没までの終日合計1,500時間観察しました.この観察には赤外線撮影可のビデオカメラも投入し,全期間ではないけれど夜間観察も行ったところ,夜間の交尾頻度は低かったとのことです(『サル学の現在』, p.636).また,採血によって得た試料からDNAを分析し,父子判定の実験を行いました.

◆交尾行動は,射精に至ったものとそうでないものの両方が記録されています.これは,オスがメスと交尾しても,途中で妨害にあって交尾に至らない場合があるためです.

なお,ニホンザルの交尾は,1度ペニスを挿入して腰を前後に数回スラストさせた後,いったんメスから離れ,またペニスを挿入しスラストするという,いわゆる一連のマウントを数回繰り返し,射精に至ります.これはマルチマウントと呼ばれる交尾スタイルとのことです(マルチマウントに対して,ペニスの挿入からスラスト・射精までを1回の流れで終了する交尾タイプはシングルマウントと呼ばれます)

結果


井上氏らによる若狭群での1,500時間の観察においては数百回の交尾が観察されました(総観察回数は記載されていません).その結果がこの図に凝縮されています.

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横軸左から1位→11位のオスの交尾回数.棒グラフの下の濃い部分が射精に至った交尾です.なお,射精については目視でわかるとのことです.『サル学の現在』p.635の立花隆氏と井上美穂氏の会話部分を引用します.

【立花氏】だけど,交尾の有無は簡単にわかるでしょうが,射精があったかなかったかはどうやって見わけるんですか.

【井上氏】見てればだいたいわかるんです.オスのスラストが一瞬止まって,腰のあたりの筋肉が緊張します.メスのほうも高ぶった声をあげて,後ろを振り向くようにして,オスの足を手でつかんで引きつけたりします.そして,終わると離れるんですが,サルの精液はすぐ白く固まるので,それがオスのペニスの先にくっついて残っていたり,あるいはメスの<ワギナルプラグ>になったりして,直接観察できるんです.(注:交尾栓の役割を果たすのでしょうね)

 

一連の交尾行動を見ていれば射精したかどうか判断できるのと,射精したかどうかは精液の痕=交尾栓の有無でわかるということですね.

 

◆成功交尾の結果
射精まで至った交尾を成功交尾と呼ぶことにします.

図の棒グラフの濃い部分,射精あり交尾すなわち成功交尾の回数を左の高順位オスから見ると,見事に1位→5位の順になっているのが一目瞭然です.

このことがはっきり示しているのは,順位の高いオスはそうでないオスよりも交尾の上で有利だということです.

一方,低順位個体は成功交尾できるかどうかという点では非常に不利でした.彼らは高順位オスから交尾を邪魔されるのです.

【立花氏】6位と7位の交尾数が非常に少ないのは,どうしてなんですか.

【井上氏】この2頭が交尾しようとすると,高位のオスから非常に強い妨害を受けるんです.野生群ですと,この年齢になると群れの外に出ていくんですが,ここでは残ってるからなんでしょうね.(pp.637-638)


では,これらの「妨害を受ける」オスとそうじゃないオスの交尾は何が違うのでしょうか?

【立花氏】ニホンザルの交尾は,何度もマウントを繰り返して,なかなか射精しないんでしたね.

【井上氏】それはランクによるんです.高位のオスは何度もマウントしてゆっくりやりますが,低位のオスはせかせかしていて,1回か2回のマウントですぐ終わりになります.低位のオスは,高位のオスの目を盗みながら交尾するわけで,どうしてもせかせかせざるを得ないんでしょう.

【立花氏】図で見ると,低位のオスでも結構交尾の回数は多いのはいるけど,そうしてみると交尾は多くても,1回1回の交尾の中身は薄いわけですね.9位以下なんて,1回も射精に至っていない.

【井上氏】そうですね.セックスそれ自体の充実度からいったら,高位のオスが圧倒的に充実してますね.1位のオスなんて,2時間に5回も射精したことがあります.(pp.635-636)


マルチマウントタイプのニホンザルでも,射精に至るまでのマウント回数が違うようです.マウント回数は順位や他の要因・属性によって可塑性が見られるようです.

◆さて,低順位オスの交尾は「せかせか」している(マウント回数が少ない)上,少ない回数しか観察されませんでした.それでも6位オスは1頭の子を残すことに成功しています.

一方,2時間に5回射精するなど「充実」した交尾を披露した1位オスでさえ,残した子は1頭です.

また,お気づきのことと思いますが,例数が少ないとはいえ射精に至った成功交尾の回数と残した子の数が相関するようには見えません.

 

◆8頭の子どもの親を父子判定で推定した結果,

1位オスの子は1頭,
2位オスの子は2頭,
3位オスの子は1頭,
5位オスの子は2頭,
6位および8位オスがそれぞれ1頭

となっていました.

繰り返しますが,特に6位オスなどは射精に至った交尾の観察がごくわずかなのにもかかわらず,子をもうけることに成功しています.


これが非常に重要な結果なのですが,若狭群のニホンザルでは,実際にもうけた子どもの頭数はかならずしもオスの順位とは一致しなかったのです.

つまり,ニホンザルでは,射精を伴う交尾を数多く行うことと子供を残すことはイコールではない,ということになります.

【立花氏】1位のオスはあんなに射精しているのに,たった1頭しか子どもができない.5位なんか交尾も射精もすくなくて,1位の数分の1しか射精するチャンスがなかったのに,2頭も子どもをつくっている.これはやっぱり研究者にとっても意外だったんでしょう.

【井上氏】ええ.交尾の観察からすると,どうしたって1位の子どもが多いはずだと思いますからね.これまで,父子判定ができなかったので,交尾の観察から,一 般に高位のオスほど子孫が多いはずだと多くの研究者は推定していたんですが,それが誤りだったということになったわけです.(pp.637)

 

◆では,なぜこんな現象が起きるのでしょうか?

確実に自分の子を残すためには,メスの排卵前後に確実に射精することが得策です.

しかし,月経周期や排卵の知識があるならともかく,ニホンザルのオスがそんなことを知っているとは思えません.

ならば,オスがとりうる最良の手段はチャンスがあればとにかく交尾することしかないと思います.だからどのオスもより多く射精しようとふるまうのです.その際,他者から妨害されることがより少なくなる優劣関係が有効に働くのだと思います.

◆しかし,現実は悲しいです.立花氏と井上氏の会話に,2時間で5回射精したオスの話が登場しましたが,実は連続で射精すると精子数はがくっと減ってしまうのだそうです.

【立花氏】しかし,射精との相関がこんなことになるのはどうしてなんですか.若いほうが精子が元気で,受精能力があるといったことでもあるんですかね.

【井上氏】それに関連して,霊長研のサル類保健飼育管理施設の松林清明助教授の興味深い研究があるんです.サルのペニスを電気で刺激すると射精するんですが,松林先生はそれを1時間おきにくり返して,精子の数をかぞえてみたんです.すると,2回目以降の射精では,精子の数が1回目の10分の1にも減ってしまうんだそうです.精子がそれだけ減ってしまうと,射精しても受精しないんじゃないかというんですね.

【立花氏】数をうちゃ当たるというわけじゃないということですね.むしろ若いやつが,おどおどしながらたまにうったほうが,当たってるわけだ.

【井上氏】やっぱり元気いっぱいの精子が,パッとたくさん出たほうがいいんでしょうね

 

射精に至る交尾を数多く成功させたり,短時間に連続して射精するなど無駄撃ちしても受胎には結びつきにくいようです.とはいえ,先述の通り,オスが取り得る最善の策はとにかく数を撃つことしかないのです.しかし,その策が実るとは限らないことが井上氏によって明らかになったのです.

おわりに


このエントリーの冒頭では,

「交尾の上で有利」とは,より多く交尾することです.
「繁殖の上で有利」とは,より多く自分の子を残すことです.

と述べました.

しかしながら,両者がイコールではないことを,井上氏は父子判定という新たな技術を開発することによって白日の下に晒しました.ブラックボックスはついにこじ開けられたのです.

その後,DNAを用いた父子判定は野外研究へと応用されていきます.井上氏はアフリカに生息するパタスモンキーという単雄群を形成するサルの父子判定を行い,単雄群なのに群れオスがすべての子の父親ではないことを明らかにしたとのことです(http://miho-murayama.sakura.ne.jp/results/index.html).

自然の世界だけのことではありませんが,外から観察しただけではわからないことがたくさんあります.でも,DNAや他の体内物質を解析することで,行動観察から立てた作業仮説を確かめたり棄却したりすることが可能となりました.

その嚆矢である井上氏のニホンザル父子判定の研究は,実験室での研究が野外行動研究の上で大いなる武器となること(そして今では研究主題によっては不可欠になっていること)を知らしめた画期的なパイオニアワークである,と私は思います.

なお,ニホンザルのオスのペニスに電気刺激を与えて採精したところ,交尾期の射精量は平均2.36cc,精子濃度は精液1cc当たり4億4800万ほど(和秀雄著『ニホンザル 性の生理』, p.166)とのことでした.

ではまた!


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