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霊長類世界最速スプリンターは誰?:覚えておきたいパタスモンキーの話

科学
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(出典:http://blog-imgs-37-origin.fc2.com/l/a/n/langchan/DSC_6899s.jpg

霊長類世界最速スプリンター


2016年リオオリンピックでウサイン・ボルト選手が陸上男子100m走3連覇を成し遂げました.記録は9秒81.ボルト選手の過去記録より劣ってますが,前人未踏の偉業達成は素晴らしかったです(追記:男子200m走も3連覇しました!).

ところで,霊長類世界最速スプリンターが誰なのかご存じでしょうか?

無論,ヒトではボルトでしょう.でも短距離100m走について,私の世代のヒーローはなんといってもカール・ルイスでした.(カール・ルイスは男子走り幅跳びでオリンピック4連覇してるんですね.知りませんでした)

ちょっと男子100m走の世界記録を書き出してみましょう(出典:男子100メートル競走世界記録の推移 - Wikipediaの電動計時の項,なお最後の記録の出典は別です).

9秒93 カルヴィン・スミス
9秒92 カール・ルイス
9秒90 リロイ・バレル
9秒86 カール・ルイス
9秒85 リロイ・バレル
9秒84 ドノバン・ベイリー
9秒81 ウサイン・ボルト
9秒79 モーリス・グリーン
9秒77 アサファ・パウエル
9秒74 アサファ・パウエル
9秒72 ウサイン・ボルト
9秒69 ウサイン・ボルト
9秒58 ウサイン・ボルト
6秒57 パタスモンキー(推定)

えーっと・・・

何やらなじみのないカタカナが1つ混ざっているのにお気づきになりましたでしょうか?

 


そう,実はヒトを含めた霊長類の中で最速のスプリンターはパタスモンキーなのです.

 

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(画像出典:http://www.nocturama.org/wp-content/uploads/2012/03/2008De-Jong-et-al-2008-E.-patas-distribution-Kenya-JEANH.pdf,写真撮影はRobert Copeland氏)

 

ニホンザルなんかに比べると前肢後肢ともスラリと長いのが特徴的なパタスモンキー,その最高走行速度はなんと55km/h.100mを6秒57で走り抜ける計算になります.

ウィキペディア(パタスモンキー - Wikipedia)にはこう書いてありました.

走行速度は時速55kmに達するとされ、サル目の走行速度では最も速い。

 
霊長類から哺乳類に対象を広げたら,最速はチーターとのことです.

ところでチーターとパタスモンキーの走行速度ですが,いったいどのように測定したのでしょうか?

動物の移動速度計測方法

 

動物の移動速度計測方法はいくつかあります(野生のチーターのすばらしい身体能力 | Vol. 10 No. 9 | Nature ダイジェスト | Nature Research).

①飼育下の動物をまっすぐ走らせる
②GPSと慣性測定装置を動物に装着する

論文はこちらです.悲しいかな,私も含め,一般人にはAbstractしか読めません.
Timed running speed of a cheetah (Acinonyx jubatus) - Sharp - 1997 - Journal of Zoology - Wiley Online Library


Natureダイジェストからの孫引きですみませんが,①については,飼育下のチーターの最大走行速度は秒速29m(時速110km)とのことです.100mを3.44秒で駆け抜けることになります.

②については,5頭の野生チーターに装置を装着したところ,最高速度は秒速25.9mでしたが,「大半の狩りでは中程度の速度しか出しておらず,最高速度の平均は秒速14.9m」(時速53.64km)とのことでした.ダイジェストは日本語ですので,ぜひご一読ください.

しかしながら,パタスモンキーの走行速度の測定はこれらの方法ではありませんでした.

パタスモンキーの走行速度は誰が測ったのか?


パタスモンキーの走行速度は,実は車を用いて測ったとのことです.

現に車でおいかけたら,なんと時速55キロメートルで走ったという.霊長類としてはもちろん最速の記録である.(出典:中川尚史著『サバンナを駆けるサル パタスモンキーの生態と社会』, p.61)

 

パタスモンキーと車で伴走し,車のスピードメーターを目視することによって測定したものと推測されます.

推測というのは,中川氏の本には誰が計測したか出典が記載されていないためです.

そこで,"patas monkey 55km/h"で検索してみました.英語のサイトでけっこうヒットしたのでいくつか眺めたところ,どうやらHall (1965)が出典のようです.

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しかしながら,無料では1ページしか読ませて貰えません.しかたないので泣きながら大枚6ドルをはたき,48時間レンタルしました(所属機関によっては無料で読めると思いますので,興味ある方はこちらからどうぞ :http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1469-7998.1966.tb02942.x/full

ざっくり眺めたところ,54ページにこんな文章がありました.

Tappen (1964) reports driving in his vehicle alongside a patas with the speedometer registering a steady 55 km/h.

 

つまり,Hall自身がパタスモンキーと一緒に車で走ったわけではないのです.【追記】"steady"とありますので,瞬間最高速度ではないようですね.距離は不明ですが,連続して55km/hを保ったと解釈できるものと思います.

では,Tappen (1964)はどの論文を指すのか,引用文献を見たところ,

"Tappen, N.C. (1964). Comment on Hall (1964)"となっております.しかしながら,Hall (1964)を探したら,記載されてませんでした.

仕方ないのでHall (1964)で検索したら

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これが出てきましたが,PDFで読めるものが見つかりませんでした.残念ながらHall (1964)へのTappenのコメントがこれに該当するかも,Tappen (1964)の内容も不明のままです.

ですが,少なくとも明らかにできたのはパタスモンキーの走行速度が55km/hというのは,HallではなくTappenによるものということです.

パタスモンキーの最高速度の計測方法を「車で伴走して走る速度を測った」の一言で済ませても良かったのですが,癪に障るので書いてしまいました.中川氏のみならず,パタスモンキーの最高走行速度を55km/hとする出典はTappen(1964)とぜひとも明記してほしいものです.

というわけで,動物の移動速度計測方法は
①飼育下の動物をまっすぐ走らせる
②GPSと慣性測定装置を動物に装着する
③車で一緒に走る

があり,パタスモンキーの最高走行速度はTappenが車で一緒に走ったところ安定して55km/hを計測した,というのが事の真相と言えるでしょう.


パタスモンキーはなぜそんなに速く走るのか?


パタスモンキーはなぜそんな高速で走るのでしょうか?
パタスのこの最大の特徴は捕食者からの逃走を容易にすべく進化したと一般的には考えられているのである.(『サバンナを駆けるサル パタスモンキーの生態と社会』, pp.100-101)
 
捕食者すなわち外敵から逃げること,これが理由の一つです(なお,「なぜ?」と問うときには4つの考え方がありますので,よろしければ過去記事をご参照ください:「ティンバーゲンの4つのなぜ」をどこよりもわかりやすく解説します - おまきざるの憂鬱


霊長類の対捕食者戦略には以下があるとされています.
①群れをつくる
②外敵に対し警戒音を発し,敵の種類に応じて隠れる,反撃する,防御する,逃げる等の反応をする(出典:http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/153981/23/sugiyama2000a_61.pdf

出典元ではチンパンジーが食べるアカコロブスというサルについて,アカコロブスの対チンパンジー戦略の地域差を述べています.

パタスモンキーの場合は,草原というジャッカル,ハイエナ,リカオン,チーター,ヒョウ,ライオン等地上性の捕食者が多い環境下において,捕食者から逃走することが自己の生存率を上げることに大きく寄与する,ということが容易に考えられます.

おそらく,祖先種の集団中に,変異によって形態的に速く走ることができる個体が現れ,その子孫はもって生まれた高速走行能力によって生存上有利であったことから彼らの遺伝子が世代を経るにつれて集団中に広まり,現生のパタスモンキーの祖先へと進化したのかもしれません.

ただし,ここでは紹介しきれないのでざっくりとだけ書いておきますが,パタスモンキーは高速走行以外にも「スイング」(『サバンナを駆けるサル パタスモンキーの生態と社会』, p.102)と呼ばれる省エネ走法を持っているとのことです.

サバンナには森林よりも樹木がまばらにしか生えていないため,パタスモンキーの食物は森林よりはるかに点在しているそうです.このためか,パタスモンキーの1日の距離は長いときで10kmを超えます(Hall, 1965).離れたところにある食事処(食物とする果実や樹液等がある樹木)への移動の度に全力疾走するのでは,日中の気温が軽く40℃を超えるところでは消耗することこの上ありません.

そこで,日常生活ではスイング=省エネ走法で消耗を防ぎつつ食べものの在処を移動し,外敵が現れて逃げないとマズイ事態には高速走行で対処するのがパタスモンキーなのかな,というのが資料を読んで思ったことです.

外敵も多い上,年によっては旱魃に見舞われることもあるサバンナという不安定な環境に適応したパタスモンキーを研究することによって,森林から草原へと進出したときに我々ヒトの祖先がどのようにふるまっていたのかを垣間見ることができるかもしれません.

ではまた!

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