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排卵日に見知らぬオスと交尾する?覚えておきたいニホンザル・メスの性行動

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排卵日にどのオスと交尾するのか?


ニホンザルについての前エントリー(2時間5回の射精も子は出来ず?:覚えておきたいニホンザル・オスの性行動)では,オスの性行動について1つの研究を紹介しました.それは,射精に至る交尾は高順位オスのほうがより多く行える傾向がみられるものの,それが必ずしも受胎とは結びついておらず,交尾回数が低いにもかかわらず低順位オスも子どもをもうけていた,というものでした.

では,メスの側の行動はどうなのでしょう?

 

性周期には,受胎可能性が高い排卵時期があります.しかし,ニホンザルのメスを外から観察するだけではいつ排卵時期を迎えるのかはわかりません.メスとオスが交尾していても,それが受胎に結びつく可能性が高いタイミングで行われているのかどうかは,いくら観察してもブラックボックスの中に隠されていてわからないのです.   

そこに光を当てた研究者がいます.

藤田志歩氏(どうやら当時は京都大学霊長類研究所大学院生)は現鹿児島大学農水産獣医学域獣医学系 共同獣医学部 獣医学科准教授.北大の獣医学部を卒業後,京大霊長研に進学したようです(藤田 志歩 - 研究者 - researchmapおよび研究者詳細 - 藤田 志歩).

藤田氏が大学院で研究対象に選んだのは宮城県金華山という島(太平洋で海難事故が起きると金華山沖数100km云々と良くニュースで耳にします)に生息する野生ニホンザル.

そして,排卵時期を調べるために着目したのが,糞.うんこです.

サルを捕獲して血液を採取する手法は,どうしたってサルのみならず捕獲する側の人にもストレスを与えないわけがありません.そこで,捕獲せずにDNAを含む体内物質を測定するため,捕獲によらない非侵襲的方法が開発されてきました.例えば,チンパンジーが果実を頬張って口で「しがむ」ことで果汁を摂取し,口から捨てた「しがみかす」に付着した細胞を用いてDNAを抽出する方法もその1つ.うんこを用いるのも,もちろん非侵襲的方法となります.

著者は金華山のニホンザルの糞から,ホルモンを抽出して濃度を測定する方法を確立した.この方法を用いて,これまでわからなかった野生ニホンザルの排卵日,月経周期中の交尾行動の変化,月経周期の長さや妊娠期間を明らかにすることができた.(『宮城県のニホンザル』第11号,1999年8月出版,pp.8-9)

 

では,ニホンザルのメスは排卵日および月経周期中にどのような交尾を行っていたのでしょうか?

興味があるのは,ずばり排卵日周辺にどんなオスを交尾相手に選んでいたかです.

霊長類では,交尾相手の選択はメスが握っている種がほとんどです.オスが力ずくで強制的に交尾する種はヒトとオランウータンくらいと言われています.なぜかといえば,メスにお尻を上げて貰えないとオスは交尾できないからです.ニホンザルの場合,オスがメスにいくら求愛や攻撃をしたところでお尻を上げずに去って行ってしまえばオスには為す術がありません(クモにはメスを緊縛して交尾する技を持つ種もいますが...).

メスによるオスの選り好みはfemale choiceと呼ばれています.金華山のメスのニホンザルがどんなオスを排卵日周辺に選り好みしていたのかについて,みていきましょう.

なお,今回はいつにも増して長文ですので,結果だけ知りたい方は目次から「メスは排卵周辺期に群れ外オスとより交尾していた」に飛んでください.



糞を調べてわかったこと


今回紹介する論文(報告書?)は藤田氏単著の「メスの排卵・月経周期・受胎・妊娠期間」(『宮城県のニホンザル』第11号,1999年8月出版,pp.8-18)です.「宮城県のニホンザル」ダウンロードページ - 特定非営利活動法人 ニホンザル・フィールドステーションからダウンロードして全文読むことができます.

ニホンザルは一年中メスが発情して交尾できる種ではなく,主に秋から冬にかけて(食物の実り具合で前後するようです)が交尾期(交尾季),いわゆる恋の季節です.

藤田氏は,1997年9月27日〜12月13日の期間に,群れ(金華山A群)にいた14頭のオトナメスのうち9頭を対象に少なくとも2〜3日に1回糞を採取し,糞中エストロン(E1C)およびプレグナンジオール(PDG)という2種類のホルモン濃度を測定したとのことです(測定方法は論文pp.16-18を参照).

細かい点は論文を参照していただければと思いますが,
①メス9頭中8頭は最初の排卵で受胎
②メス9頭の排卵日は10月18日〜11月6日の20日間に集中し,全員出産した(ただし1頭だけ12月2日にもう一度排卵し,その後の出産日からおおよその妊娠期間を引いて排卵日を推定したところ調査終了後にさらに排卵してと推測とのこと)
③20日間排卵日ラッシュの際,推定排卵日は9頭全部違っていた
④推定妊娠期間は170〜188.5日(出産日が確定できなかったケースがあるため),平均176.7±7.5日

ということが明らかになりました.

これらの結果だけでもすごいのですが,藤田氏はメスを追跡して交尾行動も合わせて記録していました.つまり,排卵日の推定と交尾の記録を突き合わせることによって,受胎可能性が極めて高い時期にメスがどんなオスと交尾していたのかがわかるのです.これが,この研究の素晴らしいところです.

藤田氏は,オスを「群れオス」と「群れ外オス」に二分していました.オスについての定義はありませんでしたが,群れオスは日頃から群れの他のメンバーとともに遊動生活を送っているオス,群れ外オスは交尾期に他所からやってくるオスとみなして差し支えないと思われます.

では,メスは排卵日周辺で群れオス・群れ外オスのどちらとより交尾していたのでしょう?

 

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(出典:http://blog.livedoor.jp/cpiblog00543/archives/50517174.html

オスの性行動のエントリー(2時間5回の射精も子は出来ず?:覚えておきたいニホンザル・オスの性行動 - おまきざるの憂鬱)と同じ画像ですみません...



メスは排卵周辺期に群れ外オスとより交尾していた


結果は,日頃一緒に生活している群れオスにとって悲しいものとなってしまいました.

◆メスたちは,受胎可能性が最も高い排卵周辺期に,どこからともなくやってくる群れ外オスたちと数多く交尾する傾向にあったのです.

 

 

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図4(時間当たりの射精回数,つまり時間当たりの成功交尾頻度, p.14より引用,赤の囲みと青線は筆者による)の左側を見ると,群れオスの成功交尾は前排卵時期にピークがあります.無論,赤で囲んだ排卵期周辺期が最も受胎可能性の高い時期に当たります(p.13).でも,排卵期周辺期の平均成功交尾頻度は目視で申し訳ありませんが1時間に0.3回くらいでしょうか.

一方,図4の右側を見ると違いは一目瞭然です.こちらは群れ外オスの成功交尾頻度です.群れ外オスは排卵周辺期に成功交尾のピークがあります.しかも平均成功交尾頻度は1時間に0.8回くらいに読めます.成功交尾頻度を排卵周辺期で比較すると,少なくとも群れオスの2倍以上なのは確実でしょう.

でも,これらの図はあくまで群れオスと群れ外オスの単位時間当たりの成功交尾回数です.もしかしたら,メスはごく一部の群れ外オスとだけ数多く交尾しただけのことかもしれません.

しかしながら,現実はそうじゃありませんでした.

◆排卵周辺期におけるメスの交尾相手の頭数も群れ外オスのほうが多かったのです.

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排卵周辺期のメスは,群れオスと1時間当たりだいたい0.1頭と交尾していたのに対し,群れ外オスとは0.4頭ほどでした(目視です).これらの結果をまとめた文章を引用します.

メスは受胎可能な時期には群れ外オスと,相手を頻繁に替えてたくさん交尾したということになる.(p.15)

 

なお,この群れにいたオトナの群れオスは当時2頭だけだったそうです.もしかしたら,このことがメスの選り好みに影響した可能性もあるため,「メスが多くの群れ外オスと交尾したのは,受胎可能な時期に,自ら選んで群れ外オスと交尾したのか,数多くのオスと交尾しようとしただけなのかは定かでない.つまり,多くのオスと交尾しようとしたが,群れオスが少ないので,結果的に群れ外オスと交尾したのかもしれない.」とも述べています.

また,セミナー要旨ではありますが,藤田氏は排卵期周辺に群れ外オスとメスのどちらからより接近していたかについて,こう述べています

オスメス両者の相手に対する積極性をあらわす行動指標として相手への接近と立ち去りについて調べた。その結果、相手が群れオスの場合と群れ外オスの場合とでは傾向が異なった。相手が群れ外オスの場合、排卵周辺期において、相対的にみるとオスがメスに接近して、メスがオスから立ち去る傾向が多くみられた。特に交尾の後にこの傾向が顕著であった。すなわち、排卵周辺期に交尾相手としての群れ外オスの頭数が多かったのは、オスのメスに対する積極性は否定できないものの、少なくともメスは交尾が終わると積極的に相手オスを換えるのではないかと考えられる。(https://www.pri.kyoto-u.ac.jp/meetings/2002/nihonzaru/abstract.htm

 

この文から読めるメスの行動はこうなるでしょうか.

A.排卵周辺期のメスは群れ外オスからアプローチされ
B.群れ外オスとの交尾が終わるとそのオスから離れ
C.また別の群れ外オスからアプローチされ交尾した

これらA-Cのサイクルをくり返すことによって,成功交尾頻度も交尾相手数も群れ外オスのほうが多かったことになる,のかもしれません.

では,はなぜ群れ外オスを父親候補として選ぶ傾向にあるのでしょう?

群れ外オスを選り好む理由とは


藤田氏は『日本の哺乳類学2 中大型哺乳類・霊長類』(高槻成規・山極寿一編)の一章(「繁殖にかかわる生理と行動 ニホンザル」pp.100-122)を担当しています.それによると,メスが排卵周辺期の交尾相手として群れ外オスを選り好みする理由の1つは,「付き合いの少ない新規なオスを選ぶ可能性」とのことです.

 

日本の哺乳類学〈2〉中大型哺乳類・霊長類

日本の哺乳類学〈2〉中大型哺乳類・霊長類

 

 
これは,ニホンザルのオスは群れに長く滞在するほど順位が高くなる傾向があり,長期間群れに滞在している高順位オスとはすでに子をもうけた可能性があるので,そうじゃないオスを選ぶ.このことによって,「一生のあいだに父親の異なる複数の子を残し,遺伝的多様性を確保できる(p.114)」というものです.

藤田氏による図を見る限り,メスは排卵周辺期に群れオスとさっぱり交尾しなかったという結果でした.そして,1位の群れオスはすでに5年以上群れに滞在していたとのことです(『日本の哺乳類学2 中大型哺乳類・霊長類』p.114).

また,京都・ 嵐山(嵐山モンキーパークいわたやま)のニホンザルの餌付け群での研究からは,日頃近くにいることが多い親和関係にあるオスメス間では交尾を回避する傾向がみられるとの ことです(『サル学の現在』,pp.61-80,高畑由起夫との対談「セックスを回避する親和関係」を参照).

これらを併せて考えると,もしかしたら,1位オスが低順位で群れに移入したとき(このときは彼も「新規なオス」の一員だったはず)にすでに子をもうけたかもしれないメスや,彼と親和関係にあるメスは排卵周辺期の交尾を回避する,という傾向を示すのかもしれません.とはいえ,過去の交尾履歴や社会関係のデータが提示されないのであれば,この解釈は"too speculative"と言わざるを得ないでしょう.

 

そして,もう1つの理由は「メスは特定のオスを選ぶというより,むしろ数多くのオスと交尾しようとするという可能性」とのことです.メスにとっては多くのオスと交尾することで,誰が父親かオスに特定させにくくなるという利点があります.

群れにオトナオスが1頭しかいない単雄群では,オスの交代後に子殺しが観察されています(『サル学の現在』,pp.341-8376,杉山幸丸との対談「子殺しで発情する・ハヌマンラングール」を参照).誰が父親かわからないのであれば,実の父親によって子殺しされるリスクを低めることにつながるでしょう.このため,メスは「乱婚」するのかもしれません.そして,たまたま群れオスが2頭,しかもうち1頭は滞在期間の長いオスだったため「より多くのオスと交尾をしようとしたメスは,結果的に群れ外オスとよく交尾をしたのかもしれない(『日本の哺乳類学2 中大型哺乳類・霊長類』p.114)」のです.

おわりに


以上,ニホンザルのうんこを採取して交尾を観察した研究を紹介しました.

推測の域を出ないことを述べざるを得ませんでしたが,藤田氏の非常に緻密な研究による結果を素直に読み取るのであれば,メスが排卵周辺期に選んだのは,どう見ても群れオスより群れ外オスでした.

この傾向がニホンザルにおいて一般的なのだとしたら,オスにとっては長年同じ群れにいることがむしろ繁殖成功上デメリットになると言えるかもしれません.果たしてそうなのでしょうか?

 

繁殖戦略を考えたとき,オスには群れオスになるか群れ外オスになるかという2つの選択があります.そして,群れオスになるにはいきなり1位になるケース(乗っ取り)と最下位で移入するケースが観察されています.乗っ取り・最下位・群れ外オスのどれも,メスにとっては「新規なオス」になるでしょう.もし,メスがこれらの「新規なオス」を交尾相手としてより好むのであれば,ふだんはどこかの群れにいる「群れオス」が他の群れに「群れ外オス」として出かけていくのもありなのかもしれません.

そして,メスはそんなこととは露知らず,見知らぬオス(実は他所の群れの群れオスかもしれないし,そうじゃないかもしれない)を選り好んで一時の契りを交わし,子作りに精を出すのかもしれません.そして,もし藤田氏のいう2つの可能性がメスにとって重要なら,長年連れ添った群れオスは子作り相手に選ばないのが得策になるのでしょう.

野生群では,隣近所によその群れがいます.また,群れに属していない群れ外オスもいます.もし群れのメスと付き合う時間が長いオスのほうがメスから繁殖相手としてみなされなくなるのであれば,見知らぬオスに出会いやすい野生状態ならこの傾向がますます顕著になるのかなあ,と思わずにはいられません(群れオスって一体...).

より詳しい研究内容を知りたい方は,課金しないと全文を読めませんけれど藤田氏の英文論文を参照ください.

Hormone profiles and reproductive characteristics in wild female Japanese macaques (Macaca fuscata) - Fujita - 2004 - American Journal of Primatology - Wiley Online Library

 

なお,サルに限らず,うんこからはとても多くの情報を引き出すことが出来ます.例えば消化できない食べものはそのままうんことともに排泄されます.うんこを調べることによって対象動物が何を食べているかがわかります.そんな話もいずれ書いてみようと思っています.

6,000字超の長文にもかかわらず最後まで読んでくださった皆様に感謝いたします.

ではまた!

 

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