おまきざるの自由研究

好奇心の赴くままに

千葉県アカゲザル問題の経緯と外来生物についての雑感

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https://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/DB/detail/10390.htmlより

はじめに

先日,「飼育のサル57頭を駆除 千葉の動物園,交雑種と判明でhttp://www.asahi.com/articles/ASK2N4TC7K2NUDCB012.html」というニュースに244 usersのはてなブックマークコメントがついた(2017.2.23現在).ご覧になった方も多いと思う.  

高宕山自然動物園側の施設に不備さえなければ,飼育していたニホンザルと野生状態で生息している外来種アカゲザルの交雑は起こらなかったかもしれない.だが,動物園で外来種との交雑サル57頭処分 千葉 富津 | NHKニュースの動画には,つぎはぎされた金網や柵の上をゆうゆうと歩くサルの姿が写されており,フェンスが破れてなくとも出入りはさして難しくないのでは,と思わざるを得ない.施設には電気柵があるとのことだが,メンテナンスがきちんと行われていたかも疑ってしまう.

ところで高宕山自然動物園とはどのような施設なのか?房総ファミリア新聞にはこうあった.

昭和31年に国指定天然記念物に指定された「高宕山ニホンザル」を間近に見ることができるのが、富津市が施設を提供し、富津市観光協会天羽支部峯上地区の皆さんが維持運営をしている「高宕山自然動物園」です。
 昭和32年には当時の皇太子殿下が来園され、その後昭和34年に一般向けに開園されたそうです。今では、年間で約12000人の来園者があるそうです。

入園料は大人300円,小人100円.金網越しに直接手渡せる餌(カットしたサツマイモ)は1袋100円.仮に全入場者が大人で全員餌を1袋買ったとしても収入は480万円にしかならない.富津市から予算が計上されているとは思うが議事録をちょっと調べただけではわからなかった.しかし,施設に不備があることを園で認めているのだから決して潤沢ではあるまい.富津市の平成28年9月定例会議事録に「千葉県内では、深刻なアカゲザルとニホンザルの交雑問題が発生していることから、純粋種であることの確認及び個別個体管理を行うため、施設内の全ての個体のDNA鑑定を実施するための委託料810万円を新規に計上するものでございます。」とあったことからもうかがえる.

高宕山自然動物園で起こってしまったことについて今さらとやかく言っても何も始まらないが,ニュースをより理解するために千葉県アカゲザル問題の背景を知っておくにこしたことはないだろう.そう思って書いたのがこのエントリーである.

房総半島の問題はニホンザルとアカゲザルの交雑だが,日本ではほかにもニホンザルとタイワンザルの交雑問題がある.

いずれについても共通するのではっきりさせておきたいことがある.それは,事の発端が人間にあるということだ.

千葉県アカゲザル問題の経緯

参考にしたのは千葉県が策定した「特定外来生物(アカゲザル)防除実施計画」[1]とJ-STAGEの記事検索で見つけた「千葉アカゲザル問題の概要と位置付け」[2]及び「アカゲザル問題についての千葉県の取組」[3]である.

それらによると,
①ニホンザルか何ザルかはわからないサルが千葉県南端の現南房総市と館山市で1970年代から目撃されるようになり,
②1995年にアカゲザルと推測され,
③1997年に姿形からアカゲザルと特定された.そして
④2002年,DNA鑑定によってアカゲザルと確定された.

しかし,アカゲザルの捕獲はこのサルがアカゲザルと特定された1997年に始まったわけではなかった.

⑤千葉県がアカゲザル捕獲を開始したのは2001年度であり,
⑥本格的な防除事業の開始は「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」が施行され,アカゲザルが特定外来生物に指定された2005年度からである.

⑦この事業によって2012年度末までにアカゲザルは1,331頭が除去されたものの,アカゲザルとニホンザルの交雑はすでに起きていた.

アカゲザルの群れは千葉県南端の現南房総市と館山市の境で,ニホンザルの群れ(および富津市の高宕山自然動物園)は千葉県中央部で確認されている.

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https://www.jstage.jst.go.jp/article/psj/29/2/29_29.015/_pdf, p.139より)

アカゲザルもニホンザルも社会構造は基本的に同じである.複数の大人のオスと大人のメス,それとワカモノ,コドモ,アカンボウからなる複雄複雌型の群れを作り,生まれた群れからオスが移出するという母系型である.千葉県のアカゲザルとニホンザルはどちらにも複数の群れがおり,アカゲザル個体群とニホンザル個体群の距離は約15km.群れから離れたオスが数日で両群を行き来できるという.

そして,アカゲザル個体群の多くの個体が交雑と確認であると発表された論文が2007年に,ニホンザル個体群での交雑個体発見の論文が2013年に発表されている[2].

しかしこの時点では交雑個体はまだ特定外来生物に指定されていなかった.防除の対象ではなかったのだ.

2014年にアカゲザルとニホンザルの交雑個体およびタイワンザルとニホンザルの交雑個体が特定外来生物に指定された.

つまり,千葉県においては⑧の前の防除対象はあくまでアカゲザルにすぎず,交雑個体についてはモニタリング事業しか実施されていなかった(2008〜2011年度).無論,モニタリングは必要不可欠であり,モニタリングなしでは何も進まないが,少なくとも交雑個体の防除については後手に回っていたと言えよう.

現在,千葉県の「特定外来生物(アカゲザル)防除実施計画」[1]には,アカゲザル及びアカゲザルとニホンザルとの交雑個体が防除対象とはっきり記載されている(ただし,この計画が改定されたのは2012年だが,交雑個体が特定外来生物に指定されたのは2014年なので,どこかで再改定があったものと思われる)千葉県のHPと併せて一読をおすすめする.以上,かなり端折ったが千葉県アカゲザル問題のおおまかな経緯である.

人がしでかした不始末のけりは人が付けるしかない

野生状態で日本に生息しているヒト以外の霊長類はニホンザル(Macaca fuscata fuscata),ヤクシマザル(Macaca fuscata yakui)だけ,のはずだった.

中国のアカゲザル(Macaca mulatta)とニホンザルの共通祖先が分岐したのは約50万年前と推定されている[4].50万年という時間をかけて独自の進化を遂げ,現在に至っているのだ.なお,ニホンザルが東日本に分布を拡大したのは最終氷期(約7万年〜1万年前)以降に多いという[5].千葉のニホンザルの歴史は少なくとも1万年はあると言って差し支えないだろう.

一方,アカゲザル,タイワンザル(Macaca cyclopis),カニクイザル(Macaca fascicularis)はもともと日本に生息しておらず,彼らが本来の生息地ではない日本において野生化した原因は,いずれも「飼育施設からの逸走」[2]とされている.ただし,伊豆諸島の地内島に放獣されたカニクイザルは1995年ごろに消滅[6](マカカ属の霊長類について学名を付したが,ニホンザルとヤクシマザルは亜種の関係になる).

つまり,アカゲザルとニホンザルの交雑およびタイワンザルとニホンザルの交雑は,もとはと言えばアカゲザルとタイワンザルを国外から持ち込んだ上,ずさんな管理しかしなかった人間がもたらした問題なのである.

無責任な人間が過去にしでかした不始末について,行政や研究者,そして動物園の職員達が矢面に立ってけりを付けているのだ,ということをまず理解すべきである.

交雑自体が問題なのではない

ここで勘違いしてはいけないことがあるので強調しておく.それは,ニホンザルという固有種を守ることそのものが重要なのではない,ということだ.

交雑問題が持ち上がると,必ずと言っていいほど「純血」という言葉が出てくる.

しかし,重要なのは"純血"を守ることではない.なぜなら,もし野生のタイワンザルが,アカゲザルが,そしてカニクイザルが自力で海を渡って日本に上陸してニホンザルと交雑して子孫をもったとしても,上陸した本人はもとよりその子までを「殺処分しろ」と主張する研究者はまずいないからだ(ただしガチガチな保全生態学者や現在進行でニホンザルを研究対象にしている研究者等は違うかもしれない)

野生動物自身が移動することによって生息地を変え,もとからそこにいた,あるいは同じように移動してきた別種と交配して子孫=交雑種が生まれ,世代を受け継いでいる事例は実際に霊長類で観察されている.エチオピアのマントヒヒとアヌビスヒヒの間で生まれた雑種ヒヒは英文論文では"hybrid baboon"とよばれている(英文論文は例えば[7]が出版されており,和文では[8]に詳しい).

しかし,雑種ヒヒに関する著作をいくつか読んだなかに,マントヒヒもしくはアヌビスヒヒの"純血"を守るため雑種ヒヒを殺処分すべきだ,などという議論は見当たらなかった.理由は簡単.この場合の交雑はヒヒが自力で地理的隔離[9]を突破した結果生じたに他ならないからだ(生殖的隔離も突破はしているが,マントヒヒについては生息環境のせいか形態,生態,社会について特異な適応を行ったものの,アヌビスヒヒの仲間との間では遺伝学的な種分化が完成していないと推論されている[8])

海という地理的障壁を越えてアカゲザルやタイワンザルが渡来する可能性は非常に低いけれど,進化のタイムスパンで考えれば何が起きてもおかしくはない.だから,もし野生状態で種間交雑が起きるならそれは受け入れるべきだろう.

なお,ヒトはHomo sapiensという単一種であり,Homo sapiens個体間に原則として生殖的隔離はない.さらに現代社会にあっては地理的隔離もない.人は行こうと思えばどこにでも行けるからだ.したがって,これまで述べた異種間での交雑現象と人における異国籍間での婚姻・配偶を混同してはならない.肌の色が違うヒト同士が配偶して出来た子はHomo sapiensなのだから.

話を戻す.

ニホンザルとアカゲザルの交雑によって,千葉県におけるニホンザル固有の遺伝的特性は現実に失われつつある.その原因は,人間がアカゲザルを持ち込んだことに他ならない.あくまでニホンザルの遺伝的特性が人間の行為によって乱されることがダメなのである.

ダメなことは他にもある

そして,ダメなことは遺伝子汚染・遺伝子撹乱以外にまだある.

環境省のHPを引用する.

● 外来種とは、たとえばカミツキガメのように、もともとその地域にいなかったのに、人間の活動によって他の地域から入ってきた生物のことを指します。

● 同じ日本の中にいる生物でも、たとえばカブトムシのように、本来は本州以南にしか生息していない生物が北海道に入ってきた、というように日本国内のある地域から、もともといなかった地域に持ち込まれた場合に、もとからその地域にいる生物に影響を与える場合がありますが、外来生物法では海外から入ってきた生物に焦点を絞り、人間の移動や物流が盛んになり始めた明治時代以降に導入されたものを中心に対応します。

※ 渡り鳥、海流にのって移動してくる魚や植物の種などは、自然の力で移動するものなので外来種には当たりません。(https://www.env.go.jp/nature/intro/1outline/basic.html

外来生物の図


さらに加えると,外来生物にあって「生態系・人の生命・身体,農林水産業へ被害を及ぼすもの,または及ぼすおそれがあるもの」([10]より引用)が特定外来生物に指定されている.この特定外来生物に指定されているヒト以外の霊長類が,タイワンザル,カニクイザル,アカゲザル,タイワンザルとニホンザルの交雑個体,そして今回のアカゲザルとニホンザルの交雑個体なのである[11].

「人間の活動によって」もともとそこにいなかった生物を持ち込むと,思いも寄らぬ被害が生じかねないのだ.

実際,人間が身勝手に新たな生物を導入することによって他の生物がえらい迷惑を被った事例はたくさんある.2つだけ例をあげておく.

ナイルパーチ

1つはつとに有名な「ビクトリア湖の悲劇」だ.漁獲量減少に対する策として,1954年,アフリカのビクトリア湖に導入されたナイルパーチという肉食魚は,湖にもともといた400の固有種種のうち200種を絶滅に追いやった[12].

ジャワマングース

身近な例では日本でのマングース導入がある.ハブ防除の目的でインドから輸入されたジャワマングース29頭のうち,1910年に25頭を沖縄本島(と近くの島)が放獣された.さらに1979年には奄美大島にも放獣され,両島で個体数を増やし生息域を拡大している.その結果,奄美大島ではアマミノクロウサギ等,固有種の分布域が縮小している.「マングースは,数種の土地固有の鳥,爬虫類,両生類の地域的な絶滅の原因となり,希少なアマミノクロウサギ(Pentalagus furnessi)を含む 他の種の存在を脅かしています。」([12]より引用).


ナイルパーチやマングースといった外来種を導入されたところにもともと生息していた動物たちには,外来生物という新たな捕食者への対処法を身につける時間などない.

ヒトによって放たれた外来生物がもともと生息していた動物のどれかを絶滅に追いやる可能性は常につきまとう.ビクトリア湖の悲劇をまた繰り返すわけにいかないことはおわかりだろう.

余談だが,マングースは『のだめカンタービレ』第5巻にも登場する.

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『のだめカンタービレ』第5巻Ⓒ二ノ宮知子

 

ジャワマングースの繁殖は鹿児島市で2009年に確認された[13].いったん外来生物の生息域が拡大してから対処しようとしても,対策は後手後手に回りがちだ.そして,外来種と同じことが交雑個体についても言える.千葉県のアカゲザルについてもっと早く手を打っていれば,高宕山自然動物園でのアカゲザルとニホンザルの交雑は起こらなかったかもしれない.殺処分だって必要なかっただろう.

将来にツケをまわさないために

ニホンザルとアカゲザルの交雑個体が千葉県を越えて隣接県に進出した場合,そこに生息するニホンザルと交配し,交雑個体が生まれることは容易に想像できる.そして交雑個体の生息域がさらに他県へと拡大する.数万年もしないうちにニホンザルはすべて「交雑ザル」になってもおかしくない.

先に引用した文献にはこう書いてある.

ニホンザルが交雑ザル(雑種ザル)に置き換わるということは,ひいては日本固有種であるニホンザルの絶滅も危惧される事態と認識すべきである.[2]


もしそうなったとしたら,引き金を引いたのは千葉県にアカゲザルを持ち込んだ人物である.将来にツケをまわしてはならないのだ.下北の事案については終息を迎えたもののまだ危険は残っているし[14],和歌山県についても識別された最後の交雑個体を2012年5月に捕獲してから2013年5月までに確認されていない[15]が,モニタリングは今後も必要である

今回の高宕山自然動物園におけるアカゲザルとニホンザルの交雑個体を殺処分することも,将来に禍根を残さないための一方策である.殺処分を行う前に動物園側でできることは多々あったかもしれない.別の施設で飼育したり,去勢・避妊してはどうか,というブコメもあった.しかし,DNA鑑定費用810万円すら自力で捻出できず,フェンスをつぎはぎせざるを得ない園側にそれを求めるのは酷だろう.

アカゲザルとニホンザルの交雑個体という違法な動物についての飼育許可は県からまず下りないはずだ(この点についての議事録があればよかったのだが見つけられなかった).これ以上飼育できない個体については現実的に対処せざるを得なかったと思う.

なお,アカゲザル及びアカゲザルとニホンザルの交雑個体を除去することは農業被害を防ぐ役割もある.ちなみにニホンザルも獣害対策で毎年捕獲されており,2010年にはその数が2万頭を越えた[16].高宕山自然動物園の交雑個体と同じく,ニホンザルも殺処分されていることを付け加えておく.

ではまた.

引用・参考文献

[1]特定外来生物(アカゲザル)防除実施計画.千葉県,平成24年3月改訂.千葉県特定外来生物(アカゲザル)防除実施計画について/千葉県にリンクあり.
[2]千葉アカゲザル問題の概要と位置付け.白井啓 2013.(https://www.jstage.jst.go.jp/article/psj/29/2/29_29.015/_pdf
[3] アカゲザル問題についての千葉県の取組.大澤浩司 2013.(https://www.jstage.jst.go.jp/article/psj/29/2/29_29.015/_pdf
[4]『ニホンザルの自然誌』大井徹・増井憲一編著,2002年,p.192.
[5]ニホンザル地域個体群の遺伝的構造:地域個体群の成立年代推定.川本ら 2016.
[6]カニクイザル / 国立環境研究所 侵入生物DB
[7]Social system of a hybrid baboon group (Papio anubis × P. hamadryas).Bergman and Beehner 2004.http://link.springer.com/article/10.1023/B:IJOP.0000043964.01085.dc
[8]『ブラッドハンター 血液が進化を語る』庄武孝義著,2009年.
[9]地理的隔離:この説明が平易なので引用→ 「種分化、種形成の際に起こる生殖的隔離機構として考えられているものの代表的なものとして、地理的隔離が挙げられます。
広く分布していた祖先集団の中に、突然高い山や川 ができて、その両側の集団同士の交配が起こらなくなり、生殖的隔離が成立した結果、それぞれ別々の集団、種に分かれていくのではないかという考え方です。地理的隔離 による種分化は異所的種分化といいます。(東工大 岡田研究室 -シクリッド班-
[10]外来生物法の概要[外来生物法]
[11]特定外来生物等一覧[外来生物法]
[12]外来侵入種 事例.http://www.iucn.jp/species/366-ias.html
[13]マングースがついに九州で繁殖のちに進化ー西日本新聞2/23ー ( 自然保護 ) - はこだて自然倶楽部〜風を追って〜 HAKODATE SHIZEN - Yahoo!ブログ
[14]下北半島におけるタイワンザルとニホンザルの交雑.川本ら 2005.https://www.jstage.jst.go.jp/article/psj/21/1/21_1_11/_pdf
[15]和歌山県北部のタイワンザル・ニホンザル交雑個体群の根絶確認モニタリングの現状,中川ら 2013.https://www.jstage.jst.go.jp/article/primate/29/0/29_132_2/_article/-char/ja/
[16]ニホンザルの現状(被害防除,捕獲状況,生息状況,被害状況).https://www.env.go.jp/nature/choju/conf/conf_wp/conf05-03/mat01-1.pdf

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