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少子化への適応は別次元に突入したのかもしれない:Rootportさんの「少子化の原因が分かったので対策書く」を読んで考えたこと

生活 生活-人口
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はじめに

読者登録しているらくからちゃid:lacucarachaさん経由でRootportid:Rootportさんの記事を読みました.

www.yutorism.jp

 

rootport.hateblo.jp

 

とても興味深かったです.

主張は明快.日本を含めたアジア諸国(日本,インド,インドネシア,タイ,バングラデシュ,ベトナム,マレーシア)に少子化をもたらす=合計特殊出生率の低下の原因は,乳児死亡率(生まれて1年以内に死亡する子どもの比率)であり,これらの国々では,

合計特殊出生率の低下は、経済成長よりもに、そして乳児死亡率の低下よりもに始まった。順番を整理すれば、まず子供の死亡率が下がり、それを追うように合計特殊出生率が低下し、最後に経済発展が起きたことになる。「経済的豊かさが少子化をもたらす」という仮説を否定し、「乳児死亡率の低下が少子化をもたらす」という仮説を支持する結果だ。


と述べています.

私の考えは,「経済的豊かさ」が医療を発展させ,「乳児死亡率の低下」をもたらしたのであって,経済的豊かさと乳児死亡率を区別する必要はない,なので,かなり違います.

 

日本はK型である


まず,人がどういう生物なのかについて考えてみます.

東京大学大学院の長谷川寿一教授によると,霊長類は体重が重く,少ない子を産み,成長が遅く,寿命が長い傾向にあるとのことです.

最近、生態学ではあまり言わないのですが、トレードオフを考えると、大ざっぱにr-Kという2つのタイプがあります。昆虫などがそうですが、r型は 体重が小さくて、多産多死で、成長速度が速いものは、予測不可能な、ランダムな環境飽和状態に住んでいる。だから、空きが見つかったら、わっと増えること ができる。そのような動物は、たくさん産んで、たくさん死んで、明日は明日の風が吹くで、世話も余りしない。

それに対して、体重が大きくて、少産少死で、成長が遅いものは、大体、飽和環境に住んでいる。収容力がいっぱいのところにいて、変動が少なくて、増加率は低い。哺乳類はだいたいKで、霊長類、特に類人猿が強いK型だと言えると思います。(中略)

サル類、霊長類というのは、非常に強いK型なんですね。体重が大きくなればもちろん成長が遅いし、寿命は長いしというように、ゆっくり投資をする。 そうやって大きくできたものは、それから先に使うから、全部が長いんです。妊娠期間も体重の割には一番長いし、初産年齢も体重の割には一番遅いし、寿命も体重の割には一番長い。ですから、私が調査していたチンパンジーなども含めて、動物界としては最も長い時間をかけてゆっくり育てるというのがサル類なんです。

http://www.blog.crn.or.jp/kodomogaku/cafe1-1.htmlより.

ただし,霊長類の中にもr型と思われるサルがいます.京都大学大学院の中川尚史教授によると,アフリカはカメルーンのサヘルと呼ばれる乾燥地域に生息しているパタスモンキーというサルは,体の大きさのわりには初産年令が早く,出産間隔が短く,大人の死亡率も幼児死亡率も高いとのことです(http://jinrui.zool.kyoto-u.ac.jp/nakagawa/summary5より).乾燥地帯という食物事情の変動が激しい環境による多死への戦略として子どもをより若いうちになるべくたくさん産む,すなわち多産によって適応したと思われます.

一方,せっかく産んだ子どもが死ぬことのない安定した環境があれば多産する必要がなくなります.子どもの数を少なくし,一人ひとりへの投資を手厚くするK型の傾向がより強くなるでしょう.これは人も同じことです.後述しますが,アフリカは乳児死亡率が高く,合計特殊出産率も高いです.どちらかと言えばr型です.対して日本は真逆です.乳児死亡率が低く,合計特殊出生率も低いです.日本はK型なのです.

 

そして,投資できる親のエネルギーには限りがあります.子どもの数が少なくなればなるほど,一人の子どもに投資できる親のエネルギーは多くなります.反対に子どもの数が多くなれば,子ども一人当たりに投資できる親のエネルギーは少なくなります.有限である投資可能な親のエネルギーと子どもの数はトレードオフの関係にあります.この点については,植物の種子の数と大きさが植物種によって異なることからも理解できます.

この点について,Rootportさんは「子供1人あたりの投資されるリソースは、子供の数が少ないほど多くなる。」と述べています.同意します.

 

親の投資を最小限におさえるリスクヘッジは2人産むこと


ただし,「したがって、女性が生涯に産む子供の数は──合計特殊出生率は子供が死亡するリスクと、子供1人あたりの投資最大化とが均衡する点で決まるはずだ。」という主張には賛同しかねます.この前提に立てば,一人っ子の選択がありえなくなるからです.

今も,そしてこれからも,日本だろうとどこの国だろうと,産んだ子どもが死なない確率がゼロになることはないでしょう.それならば,親による投資を最小限におさえるリスクヘッジは2人産むことです.しかし,日本人女性の合計特殊出産率は1.40というのが現実です.生涯出生数が1人という女性が少なからずいる以上,リスクヘッジを前提に子どもの数を決めて産む女性・夫婦がいるのかどうかは,はなはだ疑問です.Rootportさんが提唱なさっている「リスク回避性向」をモデルに組み込む必要はないと考えました.


むしろRootportさんのモデルは曲線Iのみで表したほうが理解しやすいです.子ども一人当たり投資量の上限は,親の財力によって規定されます.子ども一人当たり投資量を一定と仮定したとき,親の財力が上昇すれば,それだけ生涯出産数が多くなります.Rootportさんの図を改変した次の図が示す通りです.4人産むことができる家庭があったとします.この家庭の可処分所得が増えれば曲線Iは上昇します.

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もし,この家庭で子どもがすでに4人産まれていて,それぞれの子にかける労力が一定(例として子ども1人当たり投資量が親のリソースの25%と仮定)である場合,親の財力=リソースが増えればもう一人子どもを産む余裕が生じます.しかしながら,子どもが一人しかいないケースで,親のリソースが増えた分をその子どもに投資するのであれば,この図は成立しません.後述しますが,日本では親のリソースが増えたからと言って,子どもの数を増やす行動はみせていないようです.

 

乳児死亡率は環境の安定性を示す指標


しかしながら,Rootportさんが示したモデルには乳児死亡率が登場しません.じゃあ,乳児死亡率は必要ないのか,というとそんなことはありません.私は,乳児死亡率は環境の安定性を示す指標として,合計特殊出生率の低下を示す変数の一つと考えます.

 

その根拠はアフリカと日本の比較にあります.

日本と違い,アフリカの合計特殊出生率はとても高いです.その原因として,早瀬(1993)は,Thomas Goliberを引用し(ただし文献は示していない)以下の変数をあげています.
(1)低学歴,農村居住,低所得
(2)低い女性の地位と老後保障の必要性
(3)早婚と強い家族の紐帯
(4)高い乳幼児死亡率
(5)子どもの経済的寄与
(6)部族主義と宗教
(7)人口圧力への適応
(8)避妊手段の限られた利用
(9)高い出生力と低い生活水準の悪循環

2010ー2015年におけるアフリカの合計特殊出生率は4.71と日本の1.40を大きく上回っています(World Population Prospects - Population Division - United Nationsより).そして,2010ー2015年におけるアフリカの乳児死亡率は5.9(死産を除く新生児1,000人当たり59人),日本は0.2(死産を除く新生児1,000人当たり2人)です(World Population Prospects - Population Division - United Nationsより).

一見すると,日本とアフリカの合計特殊出生率の違いは乳児死亡率の違いを反映しているように思えます.しかし,アフリカの乳児死亡率の高さには上記の(1)からくる医療事情が少なからず影響しているでしょう.統計を見つけられませんでしたが,病院以外での出産の割合は日本よりかなり高いと思われます.

 

saiko-kosodate.com

 

一方,日本ではほとんどの出産が病院と診療所で行われます.

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平成18年(2006年)では、病院での出産が50.9%、診療所が47.9%、助産所が1.0%、自宅などの施設外が0.2%となっています。

お産の移り変わり-お産子育て向上委員会より.

したがって,生まれてきた赤ちゃんをケアする体制はアフリカより日本のほうが遙かに整備されています.このことが乳児死亡率に決定的に効いているでしょう.ちなみに,1950ー55年の日本の乳児死亡率は5.0と現代アフリカとほとんど差がありません.極論すれば,当時の日本の産科医療は今のアフリカと同レベルだったと言えます.そして,年が経つにつれて乳児死亡率は低くなっています(下の図を参照).

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これは,経済発展による医療体制の拡充と医学の進歩とが独立に起こった現象とは考えにくいです.経済発展が医療の発展に貢献し,結果として乳児死亡率が低下したのなら,「少子化の原因は、経済発展か、死亡率か──。」というRootportさんの問いかけにはあまり意味がないように思えてなりません.

 

それよりも,「経済的豊かさ」が医療を発展させたことが「乳児死亡率の低下」につながり,リスクヘッジを考える必要がなくなった(すなわちより多くの子どもを産む必要がなくなった)ため,「合計特殊出産率の低下」をもたらした,というシナリオのほうがしっくりくると考えました.経済の発展が先かどうかと問われたら,私は先だと考えます.経済の発展なしに医療の発展はないからです.

おわりに

人口学は,経済の発展とともに出生率が低下する現象は「人口の転換」と呼ばれているそうです.そして,生物学者もこの現象にこだわっています.

「少子化が人類史上,最も裕福な社会で発生している点にある.生活が貧しいために出生率が低下してしまうのは合点がいく.ところが,裕福な人々ほど,子どもの数が少ないのである.普通の生物ならば,食べ物が豊富になると出生率は高くなるはずではないか.生物は繁殖成功度(注:生涯に残す繁殖可能な年令に達した子の数,例えば産まれてすぐなくなった子や子どもを産めるようになる前に死んでしまった子は数に含めない)を最大化するように進化したはずではないか.たとえ文明に染まった現代人であっても,生物の原理に完全に矛盾する行動をとることなどない,と生物学者は力説する.にもかかわらず,このヒトという奇異な生物は,自らの潜在的な繁殖力よりはるかに低いレベルでしか子孫を残そうとしていないのである.現代人の少子化は生態学の常識からはかけ離れている,と生物学者は考えざるをない.」スプレイグ(2004)より.


Rootportさんがご指摘のように,「子供の少ない親ほど子供1人あたりの教育的投資を増やす傾向がある」ことは,上述の文献にある通りです.本来繁殖に回せるはずの投資を,数少ない子どもに最大化して投資していたのです.ここまでは理解出来ます.でも,「裕福な人々ほど,子どもの数が少ない」という現象をどう説明したらいいのでしょうか?

もしかしたら,私たちの将来は死亡率とは異なるなんらかの社会的変数が今よりはるかに不安定になることを潜在的に予測しているからこそ,より多くの子どもを産むというこれまでの適応のしかたではなく,確実に産むことができた少数の子どもたちに親の財力をより多く投資するという,これまでの生態学の常識とは別次元の適応のしかたを開拓したのかもしれません.それは『「技術と教育の競争」によって、子供に必要となる投資が増えた』ためなのかもしれないしそうじゃないかもしれない.

 

では,私たちは少子化がもたらすかもしれない,これから直面するであろう現象にどう立ち向かえばいいのでしょうか?

親の財力が上がったところで,その財力を数少ない子どもに投資する戦略をとっている以上,賃金上昇は少子化対策に寄与するとは考えにくいです.

一つだけあげるとすれば,Rootportさんの記事のはてなブックマークで何人かの方があげていたように,子どもを持つことがインセンティブになる社会になることです.

私は,机上の空論としてベーシックインカムについて考えたことがあります.一人では生活できない月額のベーシックインカムが支給されれば,何人かが集まって生活するようになるでしょう.そして,子どもには割り増したベーシックインカムを支給すれば,子どもを産もうとする夫婦が増えるでしょう.もちろん他の手段もあるかもしれません.少子化の原因を探ることも大切ですが,それよりも,有効な少子化対策を提言し,実現させるよう,若い人たちがもっと選挙で投票することを望みます.

今回は,この記事(少子化の原因が分かったので対策書く/書籍『失敗すれば即終了』の補足 - デマこい!)のみについて考えたことを書きました.

引用文献

デイビッド・スプレイグ(2004)『サルの生涯,ヒトの生涯ー人生計画の生物学』,生態学ライブラリー13,京都大学学術出版社.

早瀬保子(1993)アフリカの人口動向と人口政策.http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Periodicals/Africa/pdf/1993_03_06.pdf

ではまた!

 

なお,日本の人口が減少傾向のあることを良いことだと考えている人もいます.何が何でも少子化対策が必要なのかどうかについても考えてみるとよいかもしれません.