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モンゴルの政治経済体制は1990年に大きく変わった:「少子化の原因が分かったので対策書く/書籍『失敗すれば即終了』の補足」への追記2

生活 生活-人口
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はじめに


一連の少子化問題の追記その2です.興味のない方はごめんなさい.少子化問題に少しでも興味ある方は目を通していただければありがたいです.

 

rootport.hateblo.jp

 

モンゴルの迷走

 

Rootport(id:Rootport)さんが示したデータの中に,統計を追うだけでは理解できないことがもう一つありました.それは,モンゴルの1人当たりGDPと合計特殊出生率の関係についてです.

f:id:browncapuchin:20160210153027p:plain

Rootportさんが用いたデータはフローニンゲン大学GGDCマディソン・プロジェクトデータベースです.これは1人当たりGDPを用いてますので,人口を掛けてモンゴルのGDPの近似値を計算し,1960年以降の推移を棒グラフにしました.

モンゴルの人口はこちらのデータを用いました.人口ピラミッド: モンゴル国 1960
グラフの折れ線にマウスを当てると各年の人口が表示されます.

 

棒グラフにしたのはGDPの年変動を視覚的に把握しやすくするためです.1人当たりGDPにわざわざ人口を掛けたのは,1人当たりGDPが国力の指標としてふさわしいか疑問に思っているからです.例えば,2014年1人当たりの名目GDP(USドル)ランキングの1位はルクセンブルク,2位はノルウェー,米国は11位,中国はなんと80位です.

世界の一人当たりの名目GDP(USドル)ランキング - 世界経済のネタ帳



モンゴルの政治経済体制は1990年に大きく変わった

では,棒グラフを見てみましょう.

f:id:browncapuchin:20160210160450p:plain

 

この図を見る限り,1990年以後モンゴルのGDPは1989年を上回っていません(1人当たりGDPも同様です).モンゴルは,ソビエト崩壊後,1990年に一党独裁体制から複数政党制へと政治が変わりました.同時に経済体制も市場経済に変わりました.

駿河(2005)によると,

「国名もモンゴル人民共和国からモンゴル国へと変わった.モンゴルは急進的な移行政策を採用し,財政,金融,貿易,民営化,私有化など多方面で移行政策を実施した.(中略)急進的移行政策は,マイナス成長,激しい物価高,急激な製造業の縮小など大きなショックを社会に与えた.
 こういった激しい経済社会構造の変化に対して,人々は出生率の低下,牧畜業への流入,都市インフォーマル部門への流入,海外への出稼ぎなどの行動によって対応していった.」

とのことです.

Rootportさん作成の図を見ると,合計特殊出生率が約4(世界銀行によるローデータによると4.052)になったときから「迷走」が始まっています.これはちょうど1990年,モンゴルの政治経済体制が変わった年なのです.


駿河(2005)の引用を続けます.

「社会主義時代は人口増加政策が採られて,4人以上子供を産んだ女性は50歳で年金が出る(通常の女性は55歳),手当てが出るといった優遇策があった.その上に,避妊器具,堕胎手術といったものは厳しく禁止されていた.避妊危惧しよう,堕胎手術の解禁,たくさん子供を産んだ女性への優遇措置がなくなるとともに,市場経済化に伴う収入,雇用への不確実性の増加が出生率の低下をもたらした.(中略)合計特殊出生率は1984年から1989年にかけて平均5.4であったものが,1990年には4.5,1993年には早くも2.5になり,2003年にには2.0にまで減少している.結婚率は低下し,初婚年齢も高くなっている.(中略)出生1000人当たり乳児死亡率は大幅な改善を示し,1989年の64.1から2003年には23.0にまで減少している.」

 

そして,2013年の乳児死亡率は1,000人当たり12.3まで減少しています.

詳細は原著をお読み下さい.どなたでもアクセスできます.
駿河(2005)http://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/17690406.pdf

 

私の言いたいことはおわかりのことと思います.1990年移行のモンゴルにおいて1人当たりGDPと合計特殊出生率の散布図がRootportさんによる定義の迷走型になった理由は政治経済体制の変化がもたらしたと考えるのが妥当です.


Rootportさんは,モンゴルのグラフについてこう述べています.

(14)モンゴルは1人あたりGDPのグラフがまるで酔っ払いの足取りのようにランダムな動き方をしている。フィリピン等にも言えることだが、「経済的豊かさが少子化をもたらす」という仮説では、大規模な景気後退期に合計特殊出生率が上がらない理由を説明できない。ゲーリー・ベッカーらの主張どおり、子供が(ジャガイモ等と同様)下級財だとしたら、所得が減った際には子供の数は増えるはずだ。しかし、現実には一致しない。

 

モンゴルにおける合計特殊出生率の減少にもっとも効いているのは,駿河(2005)の指摘通り,子供を4人以上もつことによるインセンティブが働かなくなったことと考えるべきです.

太平洋戦争終了後,日本では合計特殊出生率の急減がみられました.その最大の要因は優生保護法にあることは拙記事で指摘しました.日本もモンゴルも,ある一時期の合計特殊出生率の変動については,景気うんぬんよりも政治経済などの社会情勢が大きく影響するのです.統計を追うだけでは変化の要因を説明することはできないのです.

 

おわりに


 Rootportさんはこう述べていらっしゃいます.

 

【2016/1/19 10:30 追記】

合計特殊出生率が4.0以上から2.0前後まで下がった現象と、2.0前後から1.5以下まで下がった現象は別だと考えるほうが自然だという指摘があった。しかし、なぜ「自然」なのかよく分からない。

 

 

この点については, 日本では1949年の優生保護法(母体保護法)の施行が,モンゴルは1990年から始まった政治経済体制の大変革が大きく影響しています.少なくとも日本とモンゴルは「合計特殊出生率が4.0以上から2.0前後まで下がった現象と、2.0前後から1.5以下まで下がった現象は別だと考えるほうが自然」でしょう.




なお,Rootportさんはこちらの記事でこう述べていらっしゃいます.

どんなに優れた意見であっても、ソースが無ければ九仞の功を一簣に虧く。能書きはいいからソースを示せ。それがネット上で議論をするときの鉄則であるはずだ。

 

rootport.hateblo.jp


私はソースを示しながらこの記事を書きました.前二つの記事もそうです.

 

browncapuchin.hatenablog.com

 

 

browncapuchin.hatenablog.com

 

Rootportさんのご意見をお待ちしています.

次回は追記その3の予定です.気になることは気の済むまで書かないと気がすまないのです.

引用文献

駿河輝和(2005) モンゴルの市場経済への移行と社会保障.『特集:成長するアジアの社会保障』.海外社会保障研究.Spring 2005,No.150,pp.65-76.
http://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/17690406.pdf

 

ではまた!