おまきざるの自由研究

好奇心の赴くままに

『沈黙の艦隊』を読んだらトランプ大統領就任を憂う羽目に陥った【漫画書評】

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(『沈黙の艦隊』第1巻より)

潜水艦作品との出会い

最初に出会った潜水艦をテーマにした作品は小澤さとる著『青の6号』だったと思う.連載当時は生まれたばかりなので,たぶん小学生になってから友人宅で読んだか,書店で立ち読みしたのだろう.当時,書店での立ち読みはごく当たり前で,読んだ後気に入ったものか元々お気に入りのコミックしか買わなかった(買えなかった).『青の6号』は琴線に触れなかったか金銭上の理由で買わなかったのだろう. 

いずれにせよ,潜水艦=サブマリンは漫画,特撮ドラマ,映画のいずれにも良く登場していた.月刊少年ジャンプ連載の武論尊原作・南一平作画『影の戦闘隊』の潜水空母ポセイドン,『マイティジャック』のMJ号,『謎の円盤UFO』のスカイダイバー,『恐竜探検隊ボーンフリー』のフリーマッカール,『サンダーバード』のサンダーバード4号などなど.ウルトラマンシリーズの潜水艦名はいちいち覚えていられなかった.映画の007シリーズは潜水艦が登場しない作品のほうが少ないかもしれない.

ようやく本格的(?)潜水艦映画と出会ったのはたぶん1981年の『Uボート』が最初だろう.当時はその迫真の描写に圧倒され,2本立てだったけど2本目の映画を見ずに劇場を後にしてしまった.

そして1988年,『沈黙の艦隊』がモーニングにて連載開始.残念ながら当時はビックコミックスピリッツを買っていたため,『沈黙の艦隊』はたまに立ち読みする程度.通して読む機会がないまま2016年の終わりを迎えてしまった.

年末,ふと思い立ってコミック32巻セットを大人買い.妻には呆れられたが積年の思いをようやく果たし,皮肉なことに2017年1月19日早朝,ようやく読了した(この点については後述する).

作者:かわぐちかいじ

『沈黙の艦隊』の作者はかわぐちかいじ.

Wikipediaによると,完結作品は39編.現在は『ジパング 深蒼海流』と尖閣諸島問題をモチーフにした『空母いぶき』を連載中.どちらも読んでないので言及しない.というより,かわぐち作品を通読したのは今回が初めて.

これまたWiki来歴の受け売りで申し訳ないが作者は「幼少時からプラモ作りに熱中」とある.メカ描写の緻密な筆致から,タミヤのミリタリー・ミニチュアシリーズやウォーターラインシリーズ,ハセガワの航空機シリーズ等をがしがし作っていたのだろうと勝手に想像している.

『沈黙の艦隊』あらすじ

『沈黙の艦隊』のあらすじはこうだ.

秘密裏に日米合同で新型原子力潜水艦が開発された.その名は「シーバット」(海のコウモリ).だが「シーバット」は初航海の隙を突き,所属するアメリカ第7艦隊から逃亡.そして「シーバット」艦長・海江田四郎は独立戦闘国家「やまと」を名乗る.

「やまと」の性能に加え,海江田の並外れた指示と乗務員の的確な操艦によって「やまと」が無双ぶりを遺憾なく発揮し,追撃するアメリカ海軍の潜水艦・水上艦艇群,ソ連軍潜水艦等を次々に撃破する.

だが海江田の目的は単に軍,そして国家から独立することではなかった.

海江田の目的とは,軍と国家から独立した原潜部隊による『沈黙の艦隊』を設立することだった(その先もあるが割愛).『沈黙の艦隊』の役割は核兵器を使用するいかなる国家だろうと核報復を行うこと.一方,原潜に対する先制核攻撃は事実上不可能.したがって,どの国も核兵器は使用できなくなる.『沈黙の艦隊』の存在は核兵器の必要性を無に帰すのだ.

ニューヨーク沖決戦でアメリカ第7艦隊の猛攻をかいくぐった「やまと」はニューヨーク湾に到達.海江田は戦況を見守るために出動していた英,仏,露,印,中,各国原潜艦長の心を掴み『沈黙の艦隊』を設立.そして海江田は国連総会への出席を果たす.だが「やまと」はたった1発のミサイルによって撃沈され,海江田は総会の場で凶弾に倒れ・・・

読後に思ったこと

通読したところ,私が立ち読みしていたのは,冒頭から第7巻沖縄沖海戦までとわかった.この段階はまだ痛快潜水艦活劇だった.

だが,物語は次第に国家間の思惑,そしてろくに機能していない国連へと舞台を移す.そう,この漫画は決してただの潜水艦戦闘活劇ではなかったのだ.

無双すぎる海江田が鼻につくことは否めないし,後半の政治面がやたら長いのに辟易する読者も少なくないかもしれない.できれば潜水艦活劇のまま終幕を迎えてほしかった,と思ってしまう.

Wikipediaを引用する.

子供の頃、よく木を削って潜水艦を作って遊んでいた。水面から位相を移動して海中に潜るという感覚がおもしろかったという。また小学生の頃、小澤さとる潜水艦漫画『サブマリン707』に夢中になり、その作品に出てきたアスロックという自動追尾魚雷を、自分でも描いてみたいと思っていた。のちの『沈黙の艦隊』では、そうした潜水艦の描きたかった絵を描けたという。(かわぐちかいじ - Wikipedia

もしかしたら作者にとっても,潜水艦活劇漫画を描けばそれで良かったのかもしれない.

だが,作者はこの作品を通じて政府とは,国家とは,国家間の関係・つながりとは,そしてさらにその上の世界の枠組みとは何かを問うている.物語を紡ぐにつれて戦略原潜は話を繋ぐコマにすぎない存在に変貌する.

なぜそうなったのか?それは,『沈黙の艦隊』の連載中,世界が大きく動いてしまったからとしか思えない(違ってたらごめんなさい)

連載中,世界は大きく動いた

時間軸に沿って世界の出来事を追ってみよう.

●1989年11月のベルリンの壁崩壊に続く1990年10月の東西ドイツ統合(この出来事をリアルタイムで目の当たりにした世代とその後の世代で世界の変化の受け止め方は全く違うかもしれない)

●1991年12月のソ連崩壊
→第3巻29話(連載は1989年)のタイトルは「ソ連原潜"赤い蠍"I」となっており,第7巻(連載は1990年)まで海上自衛隊,アメリカ海軍第3艦隊,ソ連太平洋艦隊,そして「やまと」が交錯する沖縄沖海戦が繰り広げられる.

その後,物語は「やまと」東京湾ミッションから北極海ミッションへと展開.北極海ミッション(第12巻〜)にもソ連原潜が登場するが,原潜同士の戦闘は「やまと」対米国海軍「シーウルフ」.

第17巻にサミット出席のため175話にマレンコフ大統領(ソ連)が登場するものの,マレンコフの位置を「モスクワ」と記載するのみで国名はなし.第18巻(連載は1992年)188話にてようやく「ロシア」が登場する.

●1993年11月の欧州連合(EC)発足

●日本では1993年7月に非自民連立政権が樹立
→第17巻(連載は1992年)では与党が「やまと」を巡り分裂(「やまと保険」).衆議院議員選挙の結果,新党・旧党の得票は同じ.他党の多数派工作に勝利した新党(親「やまと」派)の竹上元首相が首班指名選で勝ち,政権を獲った.

 

自分が高校生の頃,東西冷戦が終わることはなど想像だにしなかった.自民党政権が倒れるとも思っていなかった.

だが東西冷戦は幕を閉じた.そのことによって世界が平和への道を歩むのかと思いきや,冷戦終結はむしろ世界の安定を損ねてしまったようだ.

2001年9月11日,アメリカン航空11便とユナイテッド航空175便がニューヨークの世界貿易センタービル北棟・南棟に相次いで突入した映像は忘れられない.この日からアメリカとテロの闘いの火蓋が切って落とされたというのは言い過ぎかもしれないが,その後間もなく始まったアメリカを中心とした有志連合によるアフガニスタン侵攻と2003年のイラク戦争.そして各国でのテロ事件は終わらないどころかむしろ増えている.まだ日本で起きていないだけの話だろう.

「テロとの戦い」がもたらしたのものの1つはEU諸国への難民大量移入だ.これを嫌気したイギリス国民が2016年の国民投票でEU離脱を選択したのは記憶に新しい.

そしてトランプ大統領就任

『沈黙の艦隊』を「皮肉なことに,2017年1月19日ようやく読了した.」と先述したのは,2017年1月20日にメキシコからの移民に業を煮やし,アメリカ・メキシコ国境間に壁を作ると大声で謳うドナルド・トランプ氏が第45代アメリカ合衆国大統領に就任するからだ.

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(『沈黙の艦隊』第32巻より)

『沈黙の艦隊』32巻353話「人類の決議」では作中の第43代合衆国大統領ニコラス・J・ベネット(上記画像の人物)がこう述べている.

もし 世界が自由に人間の行きかう状態であれば
すなわち 隣の国が隣の州のように感じられるならば
誰も核兵器を撃ちこもうとは思わない

核を行使する力は国境で生まれるのだ!!

無論,漫画のセリフはフィクションにすぎない.だが『沈黙の艦隊』の連載中に起きた事実は想像力をはるかに上回る世界の大変動だった.

20世紀末から21世紀初頭にかけて世界を席捲したのはグローバリゼーションだった.だが過度のグローバル化がもたらしたものは国内経済の疲弊と難民問題.その反動か,2017年からはナショナリズムが再び台頭するのかもしれない.いや,その胎動はすでに2016年から始まってしまった.

言うまでもないことだけど言っておく.ナショナリズムの行き着く先が戦争なのは歴史がすでに物語っている,と.

トランプ大統領の世は明日から8年続くだろう.隣国との国境に壁を作ると公言してはばからない人物の時代が,だ.

彼が大統領として世に憚る間,世界はどうなるのだろう?

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(『沈黙の艦隊』第1巻より)


自分は,長年ずっと読みたかった漫画を,今朝ようやく読み終えただけのはずだった.

でも,今,手を動かすとこんな文章しか書けない.ただ漫画を読んだだけなのにトランプ大統領就任を憂うことになるとは思ってもみなかった・・・

そういえばとっくに忘れていたが,バラク・オバマ第44代米国合衆国大統領は「核なき世界」に向けた国際社会への働きかけが評価されて2009年度ノーベル平和賞を受賞していたのだった(斜線部はオバマ ノーベル平和賞 - Google 検索より引用).今になってみると,このことも出来の悪いアメリカンコミックの一幕のように感じられるのはなぜだろう?

ではまた・・・