おまきざるの自由研究

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規制緩和が軽井沢バス事故をもたらした?貸切バス業界の規制緩和後の変容を探る

当記事はプロモーションを含んでいます。

【追記】2018.1.16 事故から2年が経ちました.読売新聞東京版朝刊には一昨日(14日)に『軽井沢バス事故2年 娘の死 無駄にしない』,昨日(15日)は『軽井沢事故2年 黙とう』『犠牲教え子「忘れない」 軽井沢事故2年 尾木さんが献花』 ,そして今日(16日)は『「一緒に卒業したかった」 軽井沢バス事故2年 ツアー参加の学生ら悼む』との見出しで記事が掲載されました.

ちょうど同じ頃,同じ年頃のうちの子がスキーバスツアーに出かけました.帰ってくるまでひどく心配した記憶があったので事故のことが人ごととは思えず,2年前の今頃はバス関連の記事をいくつか書いていました(と言っても2016年1月に書いた記事はほとんど下書きに戻しましたが).

このエントリーはその代表的なものですが,当時はホットエントリーに載ることもなく,ほとんど読まれませんでした.

もしお時間がありましたら,バス業界をめぐる現状についてお読みくださればと思います.(追記ここまで)


軽井沢スキーバス事故でお亡くなりになった方とご遺族の方へ,謹んで哀悼の意を表します.

2016年1月22日の読売新聞朝刊3面に,『バス業界 生かされぬ教訓』という記事が掲載されていました.

見出しには「人手不足,高齢化・・・改善余裕なし」などの文字が躍っています.

記事の論調は,バス運転手の平均年令上昇(乗合・貸切双方含む),バス運転手の年収低下(乗合・貸切双方含む),そして貸切バス事業者の従業員数(10人未満が31%)という資料をあげることによって,「運転手の需要が高まる中で,中小のバス事業者は高齢や経験の浅いドライバーをかき集めざるを得ないのが実情」と述べています.

確かに事故を起こしたのは運転手です.でも,運転手に責めを負わせるだけでいいのでしょうか?

平成12年の規制緩和後,貸切バス業界は変わりました.何がどう変わったのかについて,7つの図を作成しました.ぜひ見ていただきたいです.

用いた資料は,公益社団法人日本バス協会による『日本のバス事業2014年版(平成26年)』(http://www.bus.or.jp/about/pdf/h26_busjigyo.pdf)より,平成元年〜平成24年までの以下6項目についてのデータです.

・貸切バス事業者数
・貸切バス車両数
・貸切バス営業収入
・貸切バス従業員総数
・貸切バス運転者数
・貸切バス実働一日一車当たり営業収入

なお,この24年間で,バス1台の乗客数は37名から41名,走行キロ数は228kmから212kmへと変化しています.乗客数については平成19年から40名という数字が登場しましたが,24年の間で極端な変化はないものとみなしました.

また,平成26年4月に貸切バスの運賃2014年4月に運賃制度が改正され,バス料金値上げにつながりました(http://www.jkb.co.jp/shinunchin.pdf).ですが,その影響についてこの記事ではカバーできていないことをご了承の上,お読みくださりますようお願いいたします.

貸切バス事業者数→増加

図を見て明らかなように,規制緩和後の貸切バス事業者数は規制緩和前より増えています.

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規制緩和直近の平成11年に貸切バス事業者数が2,336だったのが,平成24年には4,536と1.94倍になっています.平成元年から平成11年の変化が2.05倍だったことからすれば,貸切バス事業者は平成元年からの増加を保ってきたとも言えます.しかしながら,実態は規制緩和の影響がとても大きかったです.次節で説明します. 

貸切バス車両数→増加

規制緩和後,貸切バス保有車両数は増えています.

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ただし,規制緩和前年の平成11年の車両数3万7,661台が平成24年には4万8,135台.これは1.27倍です.しかしながら,平成元年から平成11年の変化が1.31倍だったことからすれば,伸び率はむしろ下がっています.これにはからくりがあります.なぜなら,事業者数当たりの車輌保有数が規制緩和後に少なくなっているからです.

 

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規制緩和後の事業者当たりの貸切バス保有台数は平成11年の16.1台から一気に減り,平成12年の12.9台から平成23年の10.5台まで減りました.このことは,貸切バス保有台数が少ない中小事業者が相次いで参入したことを示しています.また,平成19年以降は保有台数11台を割り込みましたが,10台未満にはなっていません.1事業者当たりのバス台数はこれ以上は減らせないところまできているのかもしれません.裏返せば,数多くバスを保有する大手の新規参入がほぼない状態と考えられます.

 

規制緩和前後での事業者数の差(平成24年ー平成11年)は2,200.
規制緩和前後でのバス保有台数の差は(平成24年ー平成11年)は1万474台.

バス保有台数の差を事業者数の差で割ると,4.7台です.
事業者数を2,000にすれば5.2台です.

貸切バス事業への新規参入は9m以上の大型バス5台以上が条件の一つですので,全体の4割強を占める約2,000の新規参入事業者はバスを5台しか保有していないぎりぎりの業者と考えられます.

読売新聞に掲載されている東京商工リサーチの資料によれば,10人未満の事業者が31%となっています(「一般貸切旅客自動車運送業者」の動向調査 : 東京商工リサーチ).これらの業者のほとんどはバスを5台しか保有していないのでしょう.そして,従業員数10〜29人の会社の中にも同様の会社が1/3はあると思われます.

では,従業員数に占める運転手の人数はどうなっているのでしょうか?

従業員数に占める運転者数→増加

貸切バス事業所の従業員に占めるの運転手の割合は規制緩和後も増えています.

 

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最も多かった平成22年が70.7%だったのに対し,規制緩和前年の平成11年は50.2%でした.20ポイントも上昇しています.平成12年の規制緩和後,貸切バス運転手が従業員に占める割合が55.7%を超えて以来,その傾向が強くなっていると言えます.平成22年の運転手割合70.7%をそのまま10人未満の事業所に適用すれば,運転手7人,管理部門に2人という構成です.


それで会社が成り立つのでしょうか?

貸切バス事業者に最低限必要な役職と人数

貸切バス事業の許可を得るためには,専従役員1名安全統括管理者運行管理者(「自動車運送事業者は,事業用自動車の咽喉の安全を確保するために,営業所ごとに,国家資格者である運行管理者資格者証の交付を受けている者のうちから,一定数以上の運行管理者を選任しなければならない」とされています.貸切バス事業者の場合には,保有車両29両まで1名,以降30両ごとに1名追加とあります),整備管理者(1級,2級,3級の自動車整備士の資格が必要),あとは運転手が必要です.

つまり最低でも上記4名および運転手の合計5名が必要です.ただし,先述したとおり貸切バス事業者として許可を受けるには貸切バスが最低5台必要です.でも,この5台に対して何人の運転手が必要なのかは指定がないようで,「業務を行うにあたり十分な人数が確保できていること」が許可用件になっていました(一般貸切旅客自動車運送事業の許可申請より).おそらく,大型バス5台とその運転手5名ならびに管理部門4名,合計9名の人員が最低限必要になると思われます.

さらに,貸切バスの交替運転手の配置基準が平成25年8月1日から適用されました(http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/dl/kousokubus-02.pdf).それによると,
・拘束時間が16時間を超える場合
・運転時間が2日を平均して1日9時間を超える場合
・連続運転時間が4時間を超える場合
さらに休憩等の条件をクリアしても
・ワンマン運行の上限距離は昼間は1回の運行600km超
・夜間は1回の運行500km超
・1日に2つ以上の運行のときは600km超
これらの場合には交替運転手を配置することとされました.

つまり,平成25年8月以降に上記の条件を全て満たしつつ,600km超の距離でバスを運用するなら運転手1名と交代要員1名,合計2名が必要になりました.

したがって,運転手5名+交代要員5名=10人の運転手,さらに4名の管理部門の合計14人の人員が最低でも必要です.しかし,零細事業所ではこの人数がいるところはむしろ少ないかもしれません.おそらく,10人未満の零細事業者は,管理部門4〜5人,運転手も4〜5人というぎりぎりの人数で操業しているのでしょう.あるいは運行管理や整備をアウトソーシングしてるのかもしれませんがそこは筆者にはわかりませんでした.

いずれにせよ,ぎりぎりの人数で切り盛りしている会社が,規制緩和によってどっと参入したのでしょう.東京商工リサーチの調査によれば,業歴が判明した2,899社のうち,業歴10年以上30年未満が1,316社で最多,業歴5年未満も179社であり,「新規参入が多く競争が激しくなる構図が透けて見える」と書いてあります.平成12年以降に参入した業歴15〜16年の業者数と従業員数がわかれば,この点についてもっと明らかになるはずです.

貸切バス事業者の収入→低下

最後に,貸切バス事業者の営業収入の変化についてです.ここでは,一人当たり営業収入の推移を見ます.

 

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平成11年の従業員一人当たり営業収入(給与ではありません)858万8,948万円でした.ところが,平成24年にはその74.9%,643万4,511円まで下がっています.つまり,25%の減収です.当然,従業員一人ひとりの給与も下がっているはずです.特に,規制緩和で新規参入してきたバス5台・従業員10人未満の零細事業所でその傾向が強いでしょう.2016年1月22日付け読売新聞朝刊では,路線バスを含めた運転手の平均年収は2011年に385万円まで低下したとあります.貸切バス運転手のみの年収推移をぜひ掲載して欲しいものです.


また,収益については資料出典に「貸切バス実働一日一車当たり営業収入」という,非常にわかりやすいデータ(平成21年まで)がありますので,図にしました.

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貸切バス実働1日1車当たり営業収入は平成4年の10万9,165円をピークに年々減少しています.ただし,平成4年から規制緩和前年の平成11年までの減収が3万1,230円だったのに対し,平成11年から平成21年の減収は,2万5,709円にとどまっています.これは一見すると規制緩和の影響じゃないようにも思われますが,平成13年以降,実働1日1車当たり営業収入が7万円に満たない状況が続いているのは明らかに規制緩和によって零細事業者が参入したことによるものと思われます.しかも平成17年以降,収入は6万円を切っています.

東京商工リサーチの調査によれば.売上が判明した1,970社のうち,売上が1億円未満が665件(33.7%),1億円以上5億円未満が837件 (42.4%),5億円以上10億円未満が223件(11.3%)を占めており,10億円未満の小・零細規模の事業者が1,725社(87.5%)9割近 くを占めることが明らかにされています(「一般貸切旅客自動車運送業者」の動向調査 : 東京商工リサーチ).

 

バス5台×営業収入6万円×365日で1年分の営業収入を計算すると1億9,500万円です.これは東京商工リサーチの零細規模事業者の売上を少し上回ります.

1億円÷365日÷バス5台=5万4,794.5円.この値が貸切バス実働1日1車当たり営業収入の2015年の額と推測されます.5万5,000円を切っています.平成4年の10万9,165円の約半分まで落ち込んだことになります.2014年4月に運賃制度が改正され,例えば大型車の1km当たりの上限額170円・下限額120円,交代運転者配置料金1km当たり上限額40円・下限額30円等の制限が課されました(http://www.jkb.co.jp/shinunchin.pdf).しかしながら,その効果はあったのでしょうか?

貸切バス乗客一人当たり収益→600円以上の減収

貸切バス実働1日1車当たりの乗客数で貸切バス実働1日1車当たり営業収入の金額を割れば,貸切バス実働1日1車1乗客当たりの営業収入が計算できます.長いので「乗客一人当たり営業収入」とします.元資料には順利益とか税引き後利益などの記述がみられませんでしたので,実質,乗客が支払う料金の近似値とみて問題ないと思われます.その推移の図は以下の通りです.貸切バス料金の推移を実感してもらいたかったので,この図だけは単位(金額)のフォントサイズを大きくしました.

 

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規制緩和前年の平成11年に2,165円だった一人当たり営業収入が,平成21年には1,274円になりました.891円≒900円とすれば,「平成12年の規制緩和後,貸切バス料金は平成21年には900円下がった」ということになります.平成17〜21年の間の一人当たり営業収入にバラツキがあるので一律900円とはできませんが,少なくとも1,500円未満になってしまいました.一人当たり営業収入が規制緩和前年より600円減額になったことは間違いなさそうです.平成24年4月の運賃改正でここがどう変わったのかが非常に気になります.

平成12年規制緩和で変わったことのまとめ

・新規参入事業者が増えた
・バス5台,従業員10人未満の零細事業者は約2,000件増えた
・貸切バス事業者の営業収入は25%減った
・実働1日1車当たり営業収入は6万円を切るようになった
・乗客一人当たり営業収入は600円減った

規制緩和によって,乗客からすれば600〜900円程度安く貸切バスにのってバスツアーに行くことができるようになったのです.しかし,その裏には規制緩和による零細事業者の大量参入がもたらした「2000年からの規制緩和に伴う参入業者の増加を受けた価格競争の激化(前掲読売新聞記事より)」がありました.なお,筆者も当初勘違いしてましたが,貸切バス規制緩和は故小渕首相時代に施行されました.

もう一度おさらいします.

貸切バス事業を免許制から許可制へと移行したことによって,新規参入事業者数が大幅に増えました.

しかしながら,1事業者当たりのバス保有台数が減少したことから,それらの業者はバスを許可下限の5台程度しか保有していないものと思われます.

しかも,従業員に占める運転者数が増えていることから,管理部門の人員が少ない,全体で10人未満の零細事業所が非常に多いと考えられます.

このような事業所は大手より売上が低いと思われます.東京商工リサーチの調査によれば.売上が判明した1,970社のうち,売上が1億円未満が665件(33.7%),1億円以上5億円未満が837件(42.4%),5億円以上10億円未満が223件(11.3%)を占めており,10億円未満の小・零細規模の事業者が1,725社(87.5%)9割近くを占めることが明らかにされています(「一般貸切旅客自動車運送業者」の動向調査 : 東京商工リサーチ).

つまり,平成12年の規制緩和は,零細業者の大量新規参入をもたらし,業界の料金体系を破壊し,運転手の増加と管理部門の人員数の減少を招き,彼らの給料を減らしました.これは安全性の低下,運転および整備技術の低下,そしてモラルの低下をもたらします.給料の低下は人手不足を招き,さらなるバス運転技術の低下をもたらすという負のスパイラルに陥ります.

 

規制緩和の結果,600円〜900円程度のバス料金値下げによって,もっとも大切な乗客の安全が損なわれているのだとすれば,誰のための何のための規制緩和だったのでしょうか?

 

 

長文にもかかわらず,最後までお読みくださり,ありがとうございました.

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