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「ティンバーゲンの4つのなぜ」をどこよりもわかりやすく解説します

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ティンバーゲンの4つのなぜ

このエントリーでは「ティンバーゲンの4つのなぜ」について,他のどのサイトよりもわかりやすく解説します.

あなたが,ある動物のある行動を見ているとします.そして,その動物は「なぜ」その行動をとっているのだろうか?と疑問に思ったとします.

あなたが思った「なぜ」には4つの観点からの答え方があります.

これは「ティンバーゲンの4つのなぜ」と言われてます.

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http://www.reed.edu/biology/courses/BIO342/2014_syllabus/2015_readings/Tinb_1963.pdfより,全文読めますが英語です).

 

ニコ・ティンバーゲンは動物行動学者.1973年ノーベル生理学・医学賞を受賞しました.

 

筆者が「ティンバーゲンの4つのなぜ」に初めて出会ったのは,ロバート・ハインド著『エソロジー』でした(エソロジーとは行動学もしくは動物行動学のことです).『エソロジー』p.16にはこう書かれています(なお,番号および太字等は筆者によるものです)

「君の親指は,なぜ他の指と異なる方法で動くのか?」と問われたと仮定してみよう.

あなたは,手の解剖学的形態,つまり骨の構造や親指と他の指の筋肉の着き方の相違をもとに応えることもできる.それは親指の運動の直接の要因に関する答えとなるだろう①.

あるいは発生学の立場から,指の原基が発達していき,ある指はいかにして他の指とは異なる構造を持つに至るかを記述することで,答えとすることもできる②.

さらに機能的な答えとして,向かい合わせになれる親指のおかげで,物体をつまみ上げたり,木によじのぼったりすることが容易になったと答えてもよいであろう④.

あるいは最後に,われわれ人間はサルのような生物に由来し,サルは他の指と向かい合わせにできる親指を持つので,そのためにわれわれもまたそれができるということをあなたは述べてもよいのである.これは進化的起源の立場からの答えであろう③.

 
【注】④を先にしたのは次の問いと合わせるためです.

しかしながら,こう書いても「何わけわかんないこと言ってるの?」と思うかもしれません.

では次に,
「なぜ,赤信号で車は止まるのか?4つの視点から答えなさい」と問われたらあなたはどう答えるでしょうか?

酒井・高田・近著『生き物の進化ゲーム』p.1にはこう書いてあります.
・赤い光に脳が刺激されブレーキを踏むから①
・自動車教習所で教え込まれたから②
・赤で止まるという規則が歴史的に成立したから③
・止まるほうが有利(安全)だから④


「親指」と「赤信号」に対する①〜④の説明がすなわち「ティンバーゲンの4つのなぜ」に相当します.ではみていきましょう.

2つの問いに対する「ティンバーゲンの4つのなぜ」の答え

①至近要因

①は至近要因と呼ばれています.ハインドが言う「解剖学的形態」とは,ひらたく言えば「体のつくり」のこと.親指と他の4本の指では体のつくりすなわち骨や筋肉などの構造が違います.

信号機が放つ「赤い光」についても「体のつくり」が関係しています.ヒトの多くは視細胞のうち,錐体細胞という色に敏感な細胞を3種類(赤錐体・緑錐体・青錐体)持っています.

でも,イヌは違います.イヌと一緒に散歩してて交差点で信号が赤から青に変わるのを待っているとき,「赤信号だから待とうね」とイヌに言ってもイヌには赤信号がわからないのです.それは,イヌが赤錐体と青錐体しか持っていないからです(4色型色覚 - Wikipedia).

ヒトとイヌは同じものを見ていたとしても色の見え方が違います.

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(出典:犬の目・視覚~犬の眼球の構造・色の識別・焦点調整能力などについて


この「色の見え方」の違いは,すでに述べたようにヒトとイヌが持っている錐体細胞の違い,すなわち体のつくり・体の構造・生理的メカニズムの違いによってもたらされます.

「赤い光に脳が刺激されてブレーキを踏む」のは,赤い光を赤と認識できる体のつくりがあってこそなのです.

このような「その行動を直接引き起こす生理的,心理的,社会的メカニズム」を至近要因と呼んでいます(ニコ・ティンバーゲン - Wikipedia).

至近要因の研究には,その行動を引き起こしている神経機構や内分泌の仕組み,その行動を発言させるもとになっている遺伝子の存在や働き方などの研究が含まれる(長谷川眞理子著『動物の行動と生態』, p.15).

②発生要因

②は発生要因もしくは発達要因と呼ばれています.

◆「発生学の立場から,指の原基が発達していき,ある指はいかにして他の指とは異なる構造を持つに至るかを記述することで,答えとすることもできる②.」

◆「自動車教習所で教え込まれたから②」

一見すると両者の答えが同じ要因から導かれたとは思えないですよね.

でも,前者も後者も「個体の成長と発達の過程でどのようにして完成されるのかという,発達要因にかかわる答え」(『動物の行動と生態』, p.15)と言われたらいかがでしょう?

前者のほうがわかりやすいと思います.私たちの体は,最初はたった一つの受精卵からスタートします.細胞分裂を繰り返しながら,指となる細胞が増え,その過程で親指と他の指に分化します.学問で言えば,発生学に相当する領域です.

じゃあなぜ「自動車教習所で教え込まれたから」が発生要因・発達要因に該当するのでしょう?

自動車学校では運転技術等を段階を経ながら教習し,身に付けていきます.はじめは教習所内のコースで練習を積んだあと,路上を経て高速道路に乗り出します.最終的に卒検に受かるべく運転技術を発達させていきます.その過程で,赤信号では車を止めることも教わります.

まわりくどい言い方になってしまいましたが,「君の親指は,なぜ他の指と異なる方法で動くのか?」「なぜ,赤信号で車は止まるのか?」という2つの問いは,個体の成長・発達という観点,すなわち発生要因・発達要因から説明することができるのです.

これら①至近要因と②発生要因・発達要因は両方とも至近要因による説明のグループに入れられています.また,至近要因は至近メカニズムや機構と呼ばれることもあります.

 

③系統進化要因・歴史要因(もしくは進化)

③は,系統進化要因・歴史要因(もしくは進化)と呼ばれています.

私たちヒトは,チンパンジー,ボノボ,ゴリラ,オランウータン,テナガザルの類人猿とともに共通な祖先(共通祖先)から分岐したと考えられています.共通祖先には,類人猿と類人猿以外の霊長類の共通祖先がいたでしょう.今でこそヒトを含めて200種を超える霊長類が地球上に存在していますが,その歴史を辿れば,もしかしたら1種のサルにたどりつくかもしれません.

その霊長類ですが,多くの種で親指を他の4本の指と向かい合わせにくっつけられるという特徴を持っています.これを拇指対向性といいます.

このことを,「君の親指は,なぜ他の指と異なる方法で動くのか?」という問に対して当てはめてみましょう.


霊長類の進化の歴史の観点からは,多くのサルが拇指対向性を持っているのだから,これは共通祖先から受け継いだ性質なのだ,と答えることができます.「共通祖先から受け継ぐ」には,長い長い時間がかかっています.系統学とは,「生物の種の系統的な発生,つまり生物の進化による系統分化の歴史を研究する学問」とのことです(系統学 - Google 検索).系統学は,生物の歴史を探る学問とも言えます.つまり,「君の親指は,なぜ他の指と異なる方法で動くのか?」については系統分化の歴史の観点,すなわち系統進化要因から説明することができるのです.

この考え方を,「なぜ,赤信号で車は止まるのか?」という問に対して応用すれば,最初の3色灯式信号機が1918年に登場し,赤は止まれを示していたことを踏襲しているから,もしくは「交差点で交通を止めるのに赤信号が多くの国で使われるようになった歴史的な過程」(『行動研究入門』, p.5)があるから,という歴史要因からの説明が可能です.

これらのように,「君の親指は,なぜ他の指と異なる方法で動くのか?」及び「なぜ,赤信号で車は止まるのか?」という問いは,系統進化要因(歴史要因)から説明できるのです.

④究極要因(機能もしくは適応)

④は,究極要因と呼ばれています.長谷川眞理子は「その行動は,どのような機能を果たしているので,動物はその行動をとるのかという,究極要因にかかわる答え」と書いています(『動物の行動と生態』, p.15).

ヒトの手に拇指対向性が備わっていることはすでに述べました.

では,拇指対向性があるおかげでどんな行動ができるでしょうか?あるいは,どんな恩恵があるのでしょうか?

これらの疑問について,こう答えることができます.

いわゆる「手」で物体をつまみ上げる能力は拇指対向性のある霊長類に特有のものです.ニホンザルは地上に落ちたブナやケヤキの種子をつまみあげて食べます.ケヤキの種子は直径数mmとかなり小さいので,地面に落ちたものを探し出してつまみ上げるのは決して楽じゃありません.しかしながら,野生ニホンザルは地上に落ちたケヤキの種子を毎分31個(およそ2秒に1個)の速度で1粒1粒つまみ上げては口に運ぶことができます(中川尚史著『食べる速さの生態学』, p.91).これはヒトには真似できない速度です.

ニホンザルのこの行動は一例にすぎませんが,ヒトも含めた拇指対向性がある霊長類全体で考えれば,拇指対向性を持つ霊長類は他の動物よりも細かい物体を操作する能力(マニピュレーション能力)が総じて秀でている,と言えるのです.

つまり,「君の親指は,なぜ他の指と異なる方法で動くのか?」という問に対して,拇指対向性がない動物よりも「物体をつまみ上げたり,木によじのぼったりすることが容易になった④」いう機能の観点や,食物を採って食べる(採食)上で他の動物より有利になるという観点から説明ができます.また,もっと単純に「物体をつまみ上げるため」という目的の観点からの説明もできます.これが究極要因からの説明です.

 

 

◆「有利になる」という点については,赤信号の例がわかりやすいです.

「なぜ,赤信号で車は止まるのか?」いう問に対しては「止まるほうが有利(安全)だから④」と答えています.その説明は「赤信号で止まることが無視することに比べ,事故を起こす可能性や警察に捕まる可能性が低いからである」(『生き物の進化ゲーム』, p.1)と書かれています.事故を起こしたり警察に捕まったりすることは,現代社会で生きていく上で不利になります.わざわざ不利なことをする必要はありませんよね?生きていく上で有利になる,だから赤信号では止まるのだ,という説明が究極要因の観点からの説明になります.

 

究極要因・機能・適応などいろんな呼び方をされることが多いため混乱しがちなのですが,ひらたく言えば「そのほうが有利だから」「こういう目的のため」という観点なのです.

ティンバーゲン自身による研究によると,ズグロカモメという鳥は,ヒナが孵化すると親鳥はすぐに卵の殻をくわえて巣から離れたところに捨てるのだそうです.なぜこの行動をするのか,ティンバーゲンが考えた究極要因の観点からの説明は「ヒナが孵化したあとの卵の殻は,おもにその裏側が白いため【注:本にはウズラの卵の外観と割ったものの中を比べる写真が掲載されていました】,ヒナを襲って食べようとする捕食者の注意を引きつけるに違いないので,その危険を低くするために,親は殻を遠くに捨ててしまう」(次の実験についても『動物の行動と生態』, p.19より)というものです.つまり,殻がヒナのそばにないほうが,ヒナの生存にとって有利になるのです.


◆では,殻をヒナのそばに置いたままにすると,捕食者(カラスの仲間)にヒナが食べられてしまうのでしょうか?

さすがにヒナを使った実験はしなかったようです.

ティンバーゲンが行ったのは,カモメの営巣地に外観をカムフラージュした卵を置き,その周りに15cm,100cm,200cmと距離を変えてヒナが孵化したあとの殻を置くという実験でした.すると,カラスによる補食率は距離が15cmだと42%,100cmだと32%,200cmでは21%と遠いほうが低くなったとのことです(すべてN=150).この実験から言えるのは,ヒナが食べられてしまう可能性は,ヒナのそばに孵化したあとの殻が近くにあるほうが高くなることです.すでに述べた通り,殻がヒナのそばにないほうが,ヒナの生存にとって有利になるのです.ティンバーゲンは自分で立てた究極要因の観点からの説明(仮説)を実験で検証したのです.

これら③系統進化要因・歴史要因(もしくは進化),④究極要因もしくは機能(適応)は両方とも究極要因による説明のグループに入れられています.

◆以上,「ティンバーゲンの4つのなぜ」について見てきましたが,それぞれの要因に対応する学問分野を併記すると理解しやすくなるかもしれません.

①の至近要因生理学分野
②の発生要因・発達要因発生学分野
③の系統進化要因・歴史要因系統学分野
④の究極要因・機能・適応進化生態学・行動生態学分野
に該当すると考えれば良いでしょう.

まとめ

◆「ティンバーゲンの4つのなぜ?」の元となる考え方は,Julian S. Huxleyという進化生物学者が生物学の重要な課題としてすでにあげていました.それは因果関係(causation),生存価(survival value),進化(evolution)です.それぞれ至近要因,究極要因,系統進化要因にあてはまります.

ティンバーゲンはこれらに加えて,個体発生(ontogeny)を加えました.ここでいう個体発生は,「発生にともなって自発的に発現する行動だけではなく,学習の過程(発達)も対象にしている」(http://chronobiology.jp/journal/JSC2012-1-001.pdf)とのことです.このpdfはわずか1ページではありますが,著者の沼田英治京大教授は「ティンバーゲンの4つのなぜ」は『Huxleyの「生物学の3つの問」を補充,発展させたものであるから,エソロジー以外の生物学にも適用できるはずである』と指摘しています.

そして,「ティンバーゲンの4つのなぜ?」の観点は,それこそ生物学とは一見関係ない「なぜ赤信号で車は止まるのか?」という問いかけにさえ答えうるのは,これまで見た通りです.

 

◆さらに,「4つのなぜ」をもっとひらたく表現しておけばさらに理解しやすくなります.

①の至近要因は「メカニズム」と表現されることが多いです.要するに「つくりや仕組み」です.
②の発生要因・発達要因「成長や発達」
③の系統進化要因・歴史要因「歴史や経緯(進化)」
④の究極要因・機能・適応はそのまま「機能」「適応」と表現されることが多いですが,それよりも「目的」としたほうがわかりやすいでしょう.

 

ここで「究極」や「至近」といった漫画『美味しんぼ』のメニューみたいな用語を取り払うと,こうなります.
①「つくりや仕組み」
「成長や発達」
「歴史や経緯(進化)」
「目的」

ある現象について,常にこの4つの観点から考えられるようになれば,「なぜ」と問うたときの答について多面的な見方ができます.

以上,「ティンバーゲンの4つのなぜ」について解説しました.

優れた考え方は時代を経ても普遍だと思います.「なぜ」への答え方への一つのアプローチは決してひとつではないのです.

参考書

生き物をめぐる4つの「なぜ」 (集英社新書)

生き物をめぐる4つの「なぜ」 (集英社新書)

 

 

動物の行動と生態 (放送大学教材)

動物の行動と生態 (放送大学教材)

 

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